―猫(後半)―






それからというもの、どうしたわけが子猫は薫にでなく剣心に懐くようになってしまった。
夕飯を食べてる時もやたら剣心の膝にすがりつくようにやってくる。


「こらこら、だめでござるよ。
お主もちゃんと餌を食べないと」


懐かれて悪い気のしない剣心も、なんだかんだ言いながら子猫の相手を相手してやっていた。
そんな光景を、薫は少し複雑な気持で見ていた。


話しかけてくる剣心に笑顔で対応するものの、薫の様子はどこか落ち着かない。

おいで、といえば子猫は素直なほど薫の元へくる。
愛想を付かされたわけではないことに安堵するが、
やはりどちらかと言ったら子猫は剣心を選ぶのだ。



(・・わたしが拾ったのにな)



ぽつりと、納得いかないように薫は心の中で呟いた。



すっかり子猫と仲良くなってしまった剣心は、時間があれば面倒をみるようになっていた。

時には懐に子猫を入れて外に散歩に行ったり
一緒に昼寝したり
昨日は一緒に風呂に入ろうとか言っていた気がする。
ぺろっと舌で顔を舐められれば、剣心もお返しのように口付けて。

薫がしていたことが今では剣心の役目だ。



当然薫は納得いくわけがなく



あんなに可愛がっていたのに
すんなりと剣心に乗りかえていってしまった悔しさと
あまりにも楽しそうにじゃれる二人に入りきれないことへの寂しさと



(・・なんか、とられちゃった気分)






剣心に、猫を。













猫に、剣心を・・








そんなある日

赤べこから帰った薫は珍しい光景に目を見開いた。

庭に続く障子を大きく開け放して
剣心は自分の腕を枕にして仰向けになって昼寝をしていた。
横には畳まれた洗濯物がまとめて置いてある。
ゆっくりと上下する剣心の胸に乗って、同じように眠っているのはお馴染みのはなだ。
二人仲良く、暖かい日差しに照らされながら眠っている。
薫はそっと、起こさないように剣心と子猫を交互に見た。


(よく寝てる・・)


初めて見たあどけない剣心の寝顔に薫は顔をほころめた。



(はなが剣心に懐いちゃう気持がなんとなくわかるな・・)



剣心はお日様の匂いがするから
誰よりも柔らかくて穏やかな笑顔をのせて
常に優しい気持を与えてくれる



(剣心のことだもの。
流浪してる間も何度ものら犬やのら猫やらに懐かれて 一緒に旅をしたんだろうな)


そう考えるとおかしくて、薫は口元を緩めて笑った。
その音を聞いて子猫の耳がぴくりと動いた。


「あ、ごめんね。起こしちゃった?」


小さな欠伸を一つして、子猫は剣心の胸から降りると薫にすがるように ひっついてきた。
薫は子猫を腕に抱えるとぎゅっと抱きしめた。



(あんまり、剣心を一人占めしないでね・・)



鼻と鼻と押し付けるよにくっつけると、子猫がぺろりと舐めてきた。


「くすぐったい・・」


頬に、唇に小さな舌が触れて薫が身を捩る。


(あ・・)


何を思ったのか薫はそっと子猫の口元に指をそえた。
すかさず子猫がちろりと赤い舌を出してその指を舐める。


(剣心も・・ここに・・)


幾度となく舐めてくる子猫に
剣心が口付けているのを何度か薫は見ていた


「・・・・・・」


そっと、薫の唇が子猫の小さな口に触れた。
子猫がくすぐったそうに自分の口を舌で舐め上げる。


「・・味、わかんないや」


薫が降ろしてやると、子猫は昼寝に満足したのかそそくさと開け放たれた庭へと走っていった。







ふと、剣心の顔に影がかかった。
垂れる髪が剣心の顔に触れないよう注意を払って 薫はじっと剣心を見下ろした。



以前も感じたこの距離。
あの時はあまりに突然で思わずその手を払ってしまった。
嫌だったわけじゃなく、どうすればいいのかわからなくて。
部屋を後にしてすぐ襲った後悔。
それでも素直になれなくて
結局あの時のことは流してしまった。




だけど
本当は




薄く開かれた唇を求めるように薫の顔が動いた
閉じられた瞼が開くことないのを祈って―















にゃーん・・




はっと、薫は現実に引き戻されるように顔を上げた。
剣心の目は深く閉じられたまま。
薫は勢い良く剣心から身を引くと急いでその場を後にした。





触れなくて、よかった










―触れたかった




去っていった足音を、剣心は目を閉じたまま聴いていた―






何事もなかったかのように夕飯を済ませて
お茶を飲みながら二人はいつものように他愛無い会話を交わしていた。


剣心の膝の上には子猫のはな。
もはやそこは彼女の定位置だ。


剣心がごろごろと喉を撫でるしぐさを薫はじっと見つめていた。

繊細な指が柔らかい毛を撫で上げる度
優しい声が子猫に向けられる度
薫はどこか、自分が一人ぼっちな気持にかられる
それは今まで感じたものとは違って


悔しいとかじゃなく
寂しいとかじゃなく
それよりも


「・・わたしも・・」
「え?」


頬杖をつきながらその様子を眺めていた薫に剣心が顔を上げた。


「・・わたしも・・いい・・?」
「・・?あぁ・・」


膝の上にのってる子猫を見て剣心は薫が言おうとしていることを悟った。


「もちろん。
ほら、薫殿のところへおいき」


剣心は子猫を膝から抱き上げると、ひょいと薫に差し出した。


「・・・・・」


薫はいそいそと剣心の近くに寄り子猫を受け取った。
てっきりそのまま自分の膝に持っていくのだと思っていた剣心は、薫が子猫を畳の上に放したのを見て 首を傾げた。



途端、鼻に甘い匂いが香った。
膝に感じる暖かい重み。
ためらいがちに、薫が剣心の膝の上に横になって頭を置いた。


「・・薫殿・・?」
「・・・・・・・・はなばっかりずるいじゃない・・」


剣心とは逆の方向を向いたまま。
薫はぎゅっと、小さくなって呟いた。
ずいぶん大胆なことをしたものだと思うが、本当はずっとこんな風にしてみたかったのかもしれない。
初めて感じる膝はそこまで柔らかくないものの暖かかくて心地のよいものだった。

なるほど、子猫がなかなか離れない気持がわかる。


はじめは猫を剣心にとられたことが悔しかったのに
今は猫に剣心をとられたことが悔しくて仕方ない。



・・・猫に嫉妬してしまうなんて





・・・猫にさえ嫉妬してしまうくらい、このぬくもりが恋しかったのかもしれない。





「・・そうでござった」



優しい声が上から降ってきた。



「ここには、もう一人甘えたがりがいるんでござったな」



そういって剣心はそっと、薫の髪を撫で上げた。
はなを撫でていたあの大きな手が
するすると自分の髪を梳かすように滑る。
あまりの心地よさに薫は目を閉じた。







「薫殿」



降ってきた声に薫の瞼が開いた。
くっと顎を掴まれて。
見上げれば剣心の目とぶつかった。



「ここは、欲しくないのでござるか?」


繊細なその指が薫の唇を焦らすようになぞった。


「・・欲しい・・」


見下ろしてくる剣心の顔がゆっくりと近づいてくる。
そっと頭を支えられて。


「・・はなばっかり、ずるいじゃない・・」



最後の言葉が音になる前に暖かいぬくもりが唇に広がった。






暫くの沈黙が続いた後

ぺろりと唇を舐め上げる音がした。



「・・ふむ・・」




剣心が舐め上げた唇を堪能するように口元を動かした。



「・・はなにするより、断然いいでござるな」


そんな風にいう剣心がおかしくて薫がくしゃりと顔を崩して笑った。


「だったら、わたしのことももっとかまってよね」


悪戯っぽくいう薫に剣心も微笑んで。


「薫殿こそ、もっと甘えてきていいのでござるよ。」


可愛がってあげるから、そう耳に囁いて。
薫の頬が鮮やかに赤く色を染めた。



取り残された子猫はそんな二人に背を向けながら
音もなくその場を後にした。






数日後―

剣心の膝と唇が完全に薫に奪われた頃、
はなの新しい飼い主が見つかったそうだ。





(終)








今回は大人しめに可愛らしく薫殿に焼きもち妬いてもらいました。

可愛く嫉妬できるおなごは得だと思う・・。

剣心は桃太郎みたいにいろんな動物連れたって流浪してたに違いない。













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