―戦利品―





「なぁ〜けんしーん」
「だめでござる」

そよそよと生ぬるい風が吹いて
きらきらと太陽が大地を照らして
雨季にはありがたい晴れ間に緋村剣心は洗濯に精を出していた。
それを縁側で気だるそうに眺めるのは神谷道場のタダ食らい、相楽左之助である。
「頼む!これっきりだからよ」
「その言葉、何度も聞いたでござるよ」
なにやら雲行きが怪しい様子。
一体何があったのだろうか。
「このとおり、な?ダチを助けると思ってさ」
「聞かぬ」
どうやら事態は平行線の模様だ。
人にものを頼むのとは限りなく遠い態度で請う左之助に
剣心は手を休めぬまま否定の言葉を返し続けた。
先ほどから幾度こんな会話が繰り返されてることか。

「ただいま〜!!」
威勢のよい声が屋敷中に響いた。
出稽古に出かけた神谷薫とその弟子、明神弥彦である。
「あ!やっぱここにいた。ただいま剣心!」
「お帰りでござる薫殿」
左之助に向ける声色とはうって変わって剣心は優しい笑顔で二人を迎えた。
「なんだ。左之助もいんのかよ」
「いちゃ悪りぃかよ」
左之助は不機嫌そうに答え、ごろりとその大きな身体を縁側に横たえた。
「そうだ、なぁ嬢ちゃんからも言ってやってくれよ」
「なぁに?」
「左之、聞かぬと言ってるでござろう?」
状況の読めない薫と弥彦はきょとりとした顔で二人を交互に見た。
「俺の人生を賭けた勝負に剣心の助けが必要なんだ」
「人生を賭けた勝負?」
「まったく、大げさでござるな」
剣心は呆れたようにため息をついた。
「で、なんなのその人生を賭けた勝負って」
「どーせ賭場かなんかだろ〜?」
「うっ、するどいな弥彦」
「賭場〜!?あんたまた剣心を自分の儲けに利用しようとしてるわけ!?」
「薫殿、もっと言ってやってほしいでござる」
薫は眉をひそめると、きっと左之助を睨んだ。
「そーゆうことならだめよ!
だいたいあんたこのあいだ無理やり剣心連れ出したばっかじゃない!」
「これが最後だって!どーしても負けられねぇ勝負なんだ」
「だったらたまには自分の運でも信じてやればいいでしょ!
いっつもいっつも剣心に頼って!」
「今回の相手の中に一人剣心並みの策士がいてよ、
俺なんかじゃまともに勝負したって敵わねぇ」
「拙者はズルなどしてないでござるよ」
不機嫌そうに剣心が言った。
「わかってるって!
だからこそ姑息な相手に天然の底力を持った剣心が必要なんじゃねぇか」
「お膳立てしてもだめでござる」
「けんしん〜」
「い・や!でござるっ」
ぱんっ、と音を立てて洗濯ものの皺を伸ばす。
「・・なんか珍しいな剣心がこんなに嫌がるの。
いつもだったらなんだかんだいって最後は付いてくのによ」
面倒くさそうに弥彦が言った。
「賭け事は、もう二度とする気はござらん」
「・・もしかしてこの間のまだ怒ってんのか?」
その言葉にかすかに剣心が反応する。
「なに?この間って、何があったの?」
「な、なんでもござらんよ」
「やっぱそうか!
なんだよ根に持つなよな〜
俺はよ、おめぇのためを思ってしただけのことなんだぜ?」
「なんだよ。なにしたんだ?」
「いや、がっぽり稼げたからよ、礼の代わりに剣心を艶街に・・」
「左之!!!」
剣心は左之助の言葉におおいに慌てふためいた。
「・・ふーん」
薫の表情が一気に冷める。
「ご、誤解でござるよ薫殿!」
「なぁにが誤解だよ。
女が寄ってきて耳まで真っ赤にしてうろたえてたくせに・・」
「左之!勘弁するでござる!!」
「まぁ心配すんな嬢ちゃん。
こいつどんだけ俺が引っ張っても頑と入ろうとしなかったからよ」
「・・別に剣心がどこでどうしようとわたしには関係ないからいいけど。
そんないいトコ行けるんだったら
今回もさっさと賭けに勝って行ってくればいいじゃない。
洗濯ならわたしがやっておくし」
薫は汚いものを見るかのように剣心を睨みつけると、プンと冷たく言い放った。
「か、薫殿・・」
「だめだな嬢ちゃんはよ〜」
「なによ(怒)」
「嬢ちゃんがいつまでもそんなんだから
俺が気つかって剣心を艶街に連れてってやったんだぜ?
可哀想に溜まりに溜まってるはず・・」
「左之。いい加減その口を閉じるでござる・・」
ちゃきりと鞘から軽く刀が抜ける音がした。
冷たい剣気が左之助の背中を走る。
「わ、わかったよ。わかったからその刀をきちんと鞘に納めてくれ」
さすがにこれ以上はまずいと察した左之助は残念そうにため息をついた。
「は〜これに勝てれば相当金が入るってのによ。
この間の3倍だぜ?」
「3倍も?なんでまた」
「その策士がこれまた金持ちでよ〜
ぜってぇ負けねぇ自信持ってるから大量に掛け金流し込んだんだ。
その分参加人数も半端じゃねぇんだけどあいつに勝てるのは剣心しかいねぇ」
「いつもの銀さんとこの賭場じゃないの?」
「情けねぇことにあいつら全滅しちまってよ、俺が敵を取ってやろうってわけだ」
「おまえじゃなくて、剣心だろ」
「固いこと言うなっつーの。
今回勝てたら普段世話んなってる嬢ちゃんとこにも
米俵の一つや二つ届けてやろうと思ったのにな〜・・」
「こ、米俵?」
きらりと音を立てて薫の目の色が変わった。
それを見逃さなかった左之助はチャンスとばかりに薫を攻め立てる。
「なにも俺だって3倍もの勝ち金を独り占めしようなんて思っちゃいねぇさ。
これでも嬢ちゃんには感謝してんだ。
米俵だけで足りないなら酒でもなんでもくれてやる」
「・・・」
ごくりと薫の喉が鳴った。
「薫殿・・」
うまく術にはまりつつある薫を剣心は不安気な表情で見た。
「・・ね、こんなに言うんだから今回だけは助けてあげたら?」
(やっぱり・・)
思わず剣心はがくりとうなだれた。
「薫殿・・さっきと言ってることが違うでござるよ」
「そ、そうだけどほら、
ズルして勝ち続ける奴を放っておくわけにもいかないじゃない?
人助けだと思って・・」
「嬢ちゃんいいぞ!もっと言ってやれ!」
「しかし薫殿・・」
「今回が最後だと思ってさ。米俵よ〜?こ・め・だ・わ・ら!」
「もちろん勝ったら剣心にだって分け前はくれてやるぜ?
なんならまた艶街に・・」
「左之」
「わ、わかったよ。
なぁ頼む!嬢ちゃんもこう言ってることだしさ」
「・・・」
剣心は納得のいかない顔で黙り込んでしまった。
「おっ、そうだ!こんなんはどうだ?
もし剣心が見事勝ったら・・嬢ちゃんを好きにしていいぞ!」
「え」
「な!何馬鹿なこと言ってるのよ!!?」
「艶街も分け前も気に食わないんだろ?だったら譲ちゃんでどうだ!!」
「左之助!あんた勝手なことばっか言って・・」
「米俵だぜ嬢ちゃん?」
薫の肩を引き寄せ、ぼそりとその耳に誘惑の言葉を吐いた。
「譲ちゃんも剣心と何もすすまなくていい加減じれったく思ってんだろ?
いい機会じゃねぇか」
「よ、余計なお世話よ!それに剣心がそんなことでっ・・」
「だったら言うだけ言っときゃいいんだよ!な?こ〜めだわら〜」
「うっ・・」
何やらひそひそやってる二人をよそに剣心は剣心で
握ったままの洗濯ものを見つめなが一人考え込んでいた。
(勝ったら薫殿を好きに・・好きに・・好きに・・好き・・)
どうやら左之助の言葉が頭に木霊して離れないようだ。
そんな三人を見て弥彦は呆れたようにため息をつく。
「嬢ちゃんの一声に米俵と俺のプライドがかかっているんだぜ?こ〜めだわら〜」
「っ・・しょ、しょーがないわねっ。わかったわ。(えーいもうやけくそ!)
剣心!!」
「はっ、はいでござる!」
「いいわ!剣心が見事勝ってみせたらわたしを好きにさせてあげる!!」
「!!」
「だからしっかり勝って米俵頂いてきなさ・・て、剣心、どこ行くの?」
突然何を思ったのか、剣心は腕にかけていた襷を解くと踵を返し外に向かって歩き出した。

「・・左之」
「お、おぅ?」
「・・その勝負、今日の夕方でござるよな?」
「あぁ、そーだけど」
「場所は?」
「いつもんとこ・・」
「はやめに行って作戦を練るでござるよ」
「ちょ、ちょっと剣心?」
「左之」
「お、おぅ」
「相手は策士と言っても真剣勝負でござるからな。
その男の情報をありったけ話すでござる」
「わ、わかった」
「弥彦」
「あん?」
「悪いが今夜は左之の長屋に泊めてもらえ」
「け、けんし・・」
「薫殿」
「は、はい!」
「・・絶対勝つから、覚悟しておくように」
「なっ・・」

背中を向けたままそれだけ言い残すと
剣心は洗濯をそのままにして出て行ってしまった。
「・・溜まりに溜まってたって、やつだな」
呆然と固まる薫の肩をぽんと叩くと左之助は剣心の後を追うようにかけていった。
「・・ま、頑張れ」
同じように薫の肩をぽんと叩くと、弥彦も左之助の後を追っていってしまった。
残された薫は暫くの間ただ呆然と立ち尽くしていた。

「・・え?え?」





「いざ、尋常に勝負でござる」
―その後、
左之助の人生を賭けたとまで言われた勝負が
あまりにもあっけらかんと終わりを迎えたことは言うまでもない。


米俵と酒を担いだ剣心が、なにやら鼻歌を歌いながら神谷道場へ辿り着くまであと少し。





(終)




あほでごめんなさい。
薫殿が「わたしを好きにしていいわ」と言ってその気になる剣心を書きたかったんです。
賭場のこととかよく分からないのでつっこみ不可(笑)
そしてこうゆうネタには必ず活躍するうちの左之助。
彼が出るとどうしても艶町ネタになってしまうのはどーして???











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