堕ちて



堕ちて





堕ちていく





どこまでも



どこまでも・・・










―堕―










はぁはぁ、はぁはぁ・・




耳元に押し付けられた唇から劣情をそそる音が奏でられる


異常な程に熱くて異常な程に淫らに繰り返されるその呼吸は
胸に押し付けられた心臓の音をさらに加速させるようで


腰を掴まれて容赦なく体が揺さぶられる


時折聞こえる粘膜の交じる音は
二人の興奮を煽るには十分だった


それに同調するように喉が鳴って
堪えきれない声をただひたすら上げていた




薫はぼやけた視界の中で、必死にはじけそうになる意識を引き止めていた
何かから耐えるように男にしがみついてその背中に爪跡を残す


きつくきつく目を閉じて
その脳裏に浮かぶのは
官能の闇に身を委ねる愛しい男の汗にまみれた顔だった


「かおる・・っぁ・・!」
「はんっ・・!」





加減することなく互いを抱きしめ合って
二人共に辿り着いた場所は


溶けてしまいそうな程の快楽の海だった








「・・はっ・・」




身体の芯まで震えさす甘い余韻が二人の理性を打ち破って
最後の一滴まで逃さないようにと二人獣のように身体を揺らす




「・・はぁ・・」




きつく閉じていた瞳を開けると
快楽に溺れた男と女の視線が合わさった


そのまま食らいつくように口付け合って
苦しげに呼吸を零しながらも
込み上げる想いを吐き出すようにその唇を貪り合った


「んっ・・んぁ・・けんし・・っ」
「っ・・はぁっ・・」


互いの呻くような声を聞きながら


もっと

もっと深く

もっといやらしくと

荒々しい口付けを繰り返す







ようやく満足したのか、二人の唇が淫らな糸を引きながら離れた


「はぁ・・」


とろりとした瞳を数回瞬きさせて


剣心はそのまま薫の胸に顔を埋めた


二度目の絶頂を迎えて、ようやく着たままの着物が皺くちゃになっていることに気が付く




「あつい・・」




部屋中、熱気で溢れていた


否、二人を取り巻く空気だけが異常に熱い
剣心は薫の顔を両手で包み、張り付いた髪を幾度も幾度もかきあげながら
啄むような口付けを顔中に与えた




「くすぐったい・・」



薫が身を捩りながらそう言うと、剣心は音を立ててさらに口付けていく






「・・ねぇ剣心・・」




視界が剣心の唇で塞がれるが、それでも視線は天井に向けたまま薫が言った






「わたしたち最近・・こんなことばかりね・・」




ぽつりとそう呟いて
剣心が不思議そうに薫の顔を覗きこんだ








二人が夫婦になってひと月が過ぎた
内輪だけの祝言ともいえない祝言を上げ、それでもたくさんの人から祝福を受け
身体を繋ぎ、心も身体も一つになったあの夜から


剣心は薫の夫となり
薫は剣心の妻となった


それから幾度も共に夜を迎え、ようやく薫も夫婦の睦言に慣れてきた頃
二人の日常生活が変わった


時間さえあれば朝も昼も夜も関係なく互いを求め
二人きりになれば人が変わったように激しく身体を重ね合う


今日みたいな何もない誰も来ない休日は特にだ


洗濯も掃除も家事もせず
天気が良くても外に出ることもなく
食べることも飲むことも忘れ
二人だけの世界に沈む


居間で畳みの上に重なるように寝そべって
中途半端に脱ぎ捨てた衣服や帯があちこちに散らばっている


薫の下に敷かれている座布団は二人の体液が溢れびしょびしょに濡れていた


行為に至るきっかけなど、ないに等しかった


他愛無く会話を交わし
ふと視線が合わされば性欲という名の糸が音も立てずに切れる
じゃれあいながら顔と顔が近づけば
次の瞬間には唇が合わさり
そのまま床に倒れこむ


ただ互いの存在が在るだけで
抑えることのできない「何か」が湧き上がるのだ




それは意識を失う程の快楽


彼の悦ぶ声を聞いて
彼女の喘ぐ声を聞いて


彼の乱れる吐息を聞いて
彼女の甘い吐息を奪い取って


彼のぬくもりに溺れて
彼女の体温に溺れて





しかしふと気を抜けば
不安に突き落とされる自分がいた


幾度繰り返しても欲してやまない行為に
薫は時々自分が恐ろしくなる


このままでいいのかと


まるで現実から逃げるように二人きりの世界にこもって
何もかも投げ出してただひたすら致すことは性器の打ち付け合い


それ以外することがないかのように
それしかすることを知らないかのように










「嫌でござるか・・?」




暫く間をおいて、剣心は淫れきった顔を隠すことなく問い返した
それ以上口にせずじっと薫を見下ろす


嫌ならこんな風に悩まない


こんなことを繰り返して
時間も場所さえも気にせず互いを感じることに没頭して
怖いとさえ思う程溺れている


嫌じゃなくて
怖いのだ


このままひたすら堕ちていく自分が


「嫌じゃ・・ないよ・・」


剣心の背中にまわした腕に力を込める


二人一緒に堕ちていけるのなら
これ以上の幸せはなかった
むしろ自分はそれを望むから


怖い


怖い程の喜び・・






「薫・・」


剣心が少しだけ身を起こし、肩まで落ちていた着物を乱暴に脱ぎ捨てた


彼の息は今だ荒い―


「ぁ・・」


少し乱暴に薫の帯を引っ張りそれを完全に解くと
大っぴらに前が開かれた着物を襦袢ごと剥ぎ取った


「薫殿・・後ろ向いて・・」


生まれたままの姿になり剣心が薫の身体を反転させた


「剣心・・もう・・」
「嫌じゃないのでござろう・・?」


薫の片脚を掴んで
剣心が薫の背中に顔を埋めた







「あーあ・・またやっちゃった・・」




乱れた髪を乱暴にかきながら薫はため息をついた


同じ時間に布団に入り
同じ時間に眠りについた夫はすでに部屋から消えていた
暖かい日差しが今日も良い天気だということを教えてくれる


「起こしてくれればいいのに・・」


朝は一緒に起きて一緒に朝飯の支度をしたい
むしろできるのなら自分が先に起きて「妻」としての役目をこなしたいのだが・・


「こんな夫婦、きっとうちだけね・・」


情けなそうにそう呟いて薫はいそいそと布団を出た


着替えた覚えのない寝巻きが羽織られているということは
夜中剣心が着せてくれたのだろう
ますます情けなそうにため息をつき薫は鏡の前に座った


「・・・」


薄い布を一枚捲れば


白い肌に焼き付いたように刻まれた紅い花が浮かび上がる
消えることはおろか増えていくそれはどこか痛々しく優美なものだった




薫の喉が甘く鳴る
悩ましげなため息が自然と零れた


寝巻きが音もなく床に落ちて


鏡に女の裸体が映った


「・・・・・。」


正直、綺麗だと思った


自分の身体をそんな風に思えるようになったのは剣心に抱かれるようになってからだ
髪を持ち上げて背中を見ればそこにもいくつもの痣が散らばっている




この優越感はなんだろうか
この止むことのない情欲はなんなのだろうか




指を肌に当てて彼の証を辿っていく


「・・・・。」


完全に溺れていた
剣心の身体にも
彼によって与えられる官能という感覚にも




このまま堕ちて
堕ち続けて
自分は一体どうなってしまうのだろうか


怖い

怖い



・・怖いほど幸せだ






「薫殿?起きたでござるか?」


気づいた時には遅かった


振り返ればそこには障子を開けて自分の裸体を見つめている剣心が立っていた




「あ・・あの・・」


何を言えばいいのかわからず、薫は恥ずかしそうに顔を俯かせた


「・・・・・。」


剣心は少し驚いたように薫を見つめていたが
何を思ったのか言葉なく障子を閉めると中に入ってきた




「こ、こっち来ないで・・」


薫は慌てて壁に張り付き逃げるように剣心に背中を向けた


心臓が激しく乱れ始める


痛い程見つめてくる視線に恐怖を感じながらも
恐ろしい程何かに期待している自分がいた




「あっ・・」


剣心の手が薫の腰に絡みついてくる


もうこれで逃げられない
捕らわれるのは、なによりも簡単なことだった




「・・何を見ていたのでござるか・・?」
「・・・・・」


耳元で囁かれて
薫の身体が曲線を描くようにしなる




「・・綺麗でござろう・・?
拙者が愛した薫殿の身体・・」


ゆるゆると剣心の手が薫の肌を滑って
甘い香りのする髪に頬を摺り寄せる


「けんし・・だめ・・」
「何が・・?」
「っ・・や・・ひこが・・っもうすぐ来るわっ・・」


濡れた音がして
剣心の指が薫の中に入り込んだことを知る


あぁもう逃げられない
捕らわれるのは、ないよりも簡単なことだから






「・・まだ時間はあるでござるよ」


耳に熱い吐息を感じて


「あっ・・」


強く腕を掴まれて
それだけで胸が高鳴った


「けんっ・・」





再びやってきた官能の渦に
薫はとまどうことなく堕ちていった―










(終)






とことん溺れちゃってください。

最中を書くよりもちょっと遠まわしな微妙なエロさを追求する方が書いてて楽しい。







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送