―指先が伝えるもの―








「薫さん、大丈夫?」



声の先には、訝し気にわたしを見つめる弥彦と操ちゃんがいた。


「あ・・」
「なぁにぼぉっとしてんだよ?」


呆れた顔で言う弥彦に言い返す言葉も浮かばない。


「疲れたでござるか?」


隣に座っている剣心の声はどこか心配気だった。


いけない
ついつい考え事にふけってしまった。


わたしと剣心と弥彦、そして一週間ほど前から遊びに来ている操ちゃんと
今日は京都の皆へのおみやげを買いに来ていたんだった。
そして今は町の一角にあるお食事処で休憩を取っているところで・・・


「な、なんでもないの」


三つの視線を振り払うよう頭を軽く振った。


「で?操ちゃん、話の続きは?」


実は全然聞いていなかったのだけど


「あ、うん。だからね―」


首を軽く傾けながらも操ちゃんが再びそのおしゃべりな口を動かし出すと
不審そうにわたしを見ていた弥彦も視線を彼女に戻した。
わたしも今度はちゃんと二人の会話に耳を傾けてみる。


「だからさ、あたしは思うわけよ。
真にいい男っていうのは、自分のことを多く語らず常に冷静な人のことを言うの。
だけどその胸にはめらめらとあつ〜い情熱を持っててさv
たとえばたとえば蒼紫様とか〜vv」


操ちゃん・・またその話ししてるのね。
確か昨日もその前の夜も二人でその話題で盛り上がった覚えが・・。


「はぁあ?ばっかじゃねぇの?
おまえわかってねぇなぁ。
いいか?男の俺が言うんだから間違いねぇ。
ほんとにいい男っていうのなぁ〜・・」


なんだかんだいってこの二人は、とても気が合うと思う。
一度話し出すと今みたいに意見が食い違って、延々と自分の意見を主張し合うくせに
気づいたら面白いくらい丸く収まってるのよね。
二人でよく稽古してるし、操ちゃんの面倒見がいいのかもしれない。

それとも弥彦の面倒見がいいとか・・


そんなことを考えながら視線だけを移動させた。

隣で静かにお茶を啜る剣心は二人の会話に耳を傾けているみたいだった。
といっても、なんだか変なとこで相槌をうったり余所見をしたりしているから
ほんとは聞いてないのかもしれない。


わたしも今日は上の空。
二人のしゃべり声が耳に入っては流れ出て。
今日のわたしはきっとおかしい。

なんだかずっと頭から離れないの。

わたしの隣でのほほんとしている彼のことが。


さっきからずっとずっと、触れたいと思ってる。




「・・・」



だから、ちょっとだけ。
二人は会話に夢中になってて気づかないだろうから。

頬杖をついていた手を、こっそりとテーブルの下に潜らせて。
そっと、彼の膝の上に左手をおいてみた。


一体どんな反応をするんだろう。



「二人とも、声が大きいでござるよ」


そう言いながら、剣心は表情一つ変えずお茶を握っていた右手を
それとなくテーブルの下に忍び込ませた。


そっと


わたしの手の上に

彼のあたたかい手が


重なった


それだけで、くすぐったいくらい幸せだった。
わたしの手を包むようにしていた彼の手は、やがてわたしの手の甲を型どるように撫でてきた。
ゆっくりとわたしの手が返されて、彼の指が手の平の上を行き来する。


何度も

何度も

指先から手首にかけて

わたしの手の存在を確かめるかのように


それはとても優しい愛撫だった


誰も気づかない
二人だけの触れ合い
こんな場所で
ぬくもりを求め合う


きっとわたしはこれを望んでいた
なんだかすごく触れたくて
触れて欲しくて


きゅっと、指と指が絡められる。
握られた手と手がこっそりとわたしの膝の上に移動された。
固い指が擦るように、撫でるように、摘むようにわたしの皮膚の上で動いて

触れられた部分が熱を帯びていく―


「薫さん?なににやけてるの?」
「ぇっ・・」


わたしの手で遊ぶ彼がおかしくて、思わず一人で笑ってしまった。
なんとかごまかしながら彼に助けを求めるように視線を向けると
剣心はただにこりとだけ微笑んだ。

彼独特の、優しい笑顔―。


「そ、それより操ちゃん、本当に明日帰っちゃうの?
もうちょっとゆっくりしていってもいいんじゃない?」
「ん〜そうしたいのはやまやまなんだけどさぁ。
一週間もお世話になっちゃったし」
「せっかく来たんだもの。
こうやってゆっくりできるのは初めてだし、気をつかわなくていいのよ」


ちりっ・・


「・・・っ?」


途端、わたしの手を軽い痛みが走った。


驚いて剣心を見上げれば
彼は知らぬ態度


なによ、爪を立てるなんて


なんか文句あるわけ?


「ありがと薫さん。でもまたすぐ来れるしさ。
それに蒼紫さまはやっぱ京都の方が落ち着くみたいだし」
「だよな〜せっかく東京まで来たっていうのに観光もしねぇで寺にいりびたりだなんてよ。
辛気くせぇったらないぜ」
「うるさい馬鹿弥彦」
「馬鹿っていうな!」
「それもそうね。
なんだか一週間があっという間だったわ。
じゃあ今夜はご馳走つくっていっぱい楽しまなくちゃね」
「わーい!
薫さん今日も一緒にお風呂入ろうね〜」
「そうね」
「げっ、おまえら一緒に入ってるのかよ?」
「そうよ!お風呂もお布団も一緒!
い〜だろ〜。
ってことで緋村!今夜も薫さん借りるから〜」
「はは・・じゃぁ弥彦、今夜は拙者と一緒に風呂でも入るでござるか?」
「げ〜やだよそんなの!」
「あら。楽しいわよ一緒に入るの」
「そうそう!背中流しっこしてさ♪」
「いいでござるな。
弥彦、入ろう」
「剣心なに乗り気になってるんだよ!」
「弥彦・・あんた何顔赤くしてんのよ」
「ませガキ〜!」
「うるせ〜!」




やっぱりこの仲間で話すのはとても楽しい。
会津にいる恵さんや、今どこにいるかも分からない左之助もここにいたら
きっともっと楽しいのにと思うのは我がままだろうか。



そんなことを考えていたらふと、剣心の手がわたしの手から離れていった。


いなくなってしまったぬくもりが寂しくて、思わず後を追おうとしたのも束の間。
膝の上を、軽い電流が走った。


「・・!」


わたしの手より大きくてごつごつしたその手が、擦るようにわたしの太腿を行き来し始めた。


突然の彼の行動に驚いて抵抗を試みるも彼の手の動きが止まることはない。


ゆっくりと

ゆっくりと


ぎこちなく動くその手がわたしの身体の中の熱をじりじりと呼び覚ましていくようで。


「弥彦は今長屋で一人で暮らしてるんでしょ?
ちびのくせに生意気だねぇ」
「ちび言うな!
おまえだってちびだろ」
「弥彦よりは大きいもーん」
「んだと〜!」


二人の他愛ない会話が遠くで聴こえるよう。

ゆるゆるとした刺激が身体の疼きを呼び
どこかくすぐったいような感触が
身体の奥から湧きあがるような何かに変わっていく。

指先が違う生き物のように、熱い―


ぐっと、剣心の手が内腿を割ってきた。
小さく肩が震えてしまったのを前に座ってる二人に気づかれなかっただろうか。



触れたいと思った

触れたいと思ったのは

触れることができなかったから


欲求不満―


操ちゃんたちが来て
離れて暮らしている弥彦が戻ってきて

確実に減ってしまった

彼との触れ合いの時間

仲間に囲まれて嬉しい気持ちと

どこか物足りない気持ちと


せつない気持ち―


こんな気持ちをわたしは最近知った


だから、もっと触れてほしいと思う



やめてほしい

やめてほしい



・・やめてほしくない・・・



目が合った彼の瞳は艶やかしい光を帯びていた。
まるで全て見透かされているような―


―やめてあげないよ?


そんな風に目が語っていた。



「・・んっ・・っ・・」


自分にしか聞こえないほどの小さな声をしっかりと聞き取った剣心は
再び隠し切れない笑みをその口元から零した。



やめてほしい

やめてほしくない

やめて、ほしくない


だけどやっぱり・・・・




「ね、ねぇ!そろそろ行きましょう?
まだ買わなくちゃいけないものあるし、お店も込んできたわ」


あきらかに動揺した声を発しながら、わたしは勢いよく立ちあがった。


「そーだねっ、お腹いっぱい!」
「それじゃあわたしお勘定してくるから外で待ってて?
剣心ちょっと通して」


無理やり彼を押しのけて座間から抜け出した。
剣心の顔は見ていない

恥ずかしくて見れなかった





でも



やっぱりどこかで残念に思っている


ここが誰もいない家だったら
わたしはきっと指先から始った想いに忠実に従い
好きな男を求めるただの「女」となっていたに違いない



それが素直な気持ちだった



それが、彼と想いを与え合うことで知った感情だった







「おまたせ」


店の外で待っていたのは彼だけだった。


「あれ?操ちゃんたちは?」
「二人で行くように言ったのでござる。
拙者たちは帰ろう」
「え?」
「弥彦がゆっくり案内してくると言っていたでござる。
蒼紫は寺に行っているし・・
夕刻まで誰も帰ってこないでござるから家でゆっくりしよう」

「・・!」


どきり。


「行こうか、薫殿」



優しい瞳の奥にあの光が再びちらついて見えた。


気づいたら誘われるように頷いて
気づいたら再び指と指が触れ合っていた

さっきと変わらずそこは激しい熱を帯びたまま



もしかして
彼もわたしと同じことを考えていたのかもしれない

わたしと同じように

触れたいと

わたしに触れたいと

そう思ってた?


恋しいと

思っていたのね


だから今日のあなたは

わたしは

どこかずっと、上の空だった



忙しなく風になびく赤い髪を見つめながら
そんなことを思った


普段は往来で手を繋ぎたがらない彼が、少し強引にわたしの手を引いて歩いていく。



はやくはやく

わたしもはやく触れたい

触れられたい

はやくはやく

この熱をどうにかしたい―







はやくはやく

わたしをただの女にして

あなたの前でだけで見せる

あなただけが知っている

熱に溺れたわたしを・・・








「・・ところで薫殿」
「なに?」
「操殿たちが帰ったら、拙者とも風呂に入るでござるよ」
「え・・えぇ!?」
「いいでござろ?」
「ば、ばか!!何言ってるのよ!!」
「約束、でござるよ」
「いやよ!入らない!!」
「約束!でござるから」
「い・やーーー!!」
「聞かなーーーい!でござる!」








いつかね、いつか。










(終)







仲がよろしいということで。

剣心によってちょっと大人に育て上げられた薫殿視点(笑)

だけどお風呂は一緒に入れないそうです。












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