今年も水無月がやってきた
君と出会ってから、悩ましいこの雨季は
幸福の季節へと変わった




―薫―



水無月は自分と彼女の生まれた月
それを知ったのは夫婦になった昨年のことだった
生まれた日のことなんて、
特別だとかそんな風に思ったこともなかったから
俺は話した後もたいして気に止めていなかった
ただ、こんなにも年が離れているのに
この世に生れ落ちたのが同じ月だったということが
そんな小さなことがなぜか嬉しくて
心の中で浮かれていた


6月20日―
彼女はほんのりと頬を染めて俺に藍色の布を差し出してきた
それは彼女が夜な夜な寝る間を惜しんでつくってくれた夏用の浴衣だった
彼女の好きな藍色
彼女の想いのこもった浴衣
そしてなによりも好きな彼女の笑顔で
「お誕生日おめでとう」と
そう言ってくれた
それがどんなに嬉しかったことか
誕生日を祝うものだとも思っていなかったし
祝られたことなんてなかった

・・15の元服の時に桂さんたちに無理やり酒を飲まされて
遊停に連れ込まれたのは果たして祝われたというのだろうか

だからあの時はただ嬉しくて
本当に嬉しくて
なぜか声が震えて
ただ、「ありがとう」と
そういうのが精一杯だった
そんな俺に彼女はもう一度
綺麗な笑顔を見せてくれた


そして今年も水無月がやってきた
不甲斐ない俺は
結局昨年彼女に何もしてやれなかった
そんな俺にたいして「気持だけで十分」だといった君
だけどそれなら俺も一緒だった

祝ってあげたいんじゃなくて
祝いたい
何かしてあげたいんじゃなくて
何かしたい

あの時俺が感じた言葉にできないような喜びを
今年は
彼女にあげたい
そう強く思った

だから今年は
俺の番


だけど俺はやっぱり
とことん不甲斐ない男だった


思えば
祝られたこともあれが初めてなら
誰かを祝ってあげたことなど
一度もなかった気がする

ましてや相手は一番大切な人
できるなら驚かせて、心から喜ばせたい

けれど一体、なにをあげればいいのだろう?
どうすれば君にあの時のような気持ちを贈ることができるのだろうか?





「なぁ弥彦・・」
「あ?」
ゆらゆら流れる雲を目で追いながら
男二人は縁側で仰向けに寝転がっていた
「その・・お主は今までに燕殿になにか贈ったことあるでござるか?」
「な!なんだよ突然!なんで俺が燕にやらなくちゃいけねぇんだよ!」
弥彦は過剰な反応を示し、顔を真っ赤にして飛び起きた
「つ、燕になんかやるくらいなら俺の懐に入れてるってんだ!」
「・・素直じゃないでござるなぁ」
「そーゆう剣心こそどーなんだよ!
薫になんかやったことあるのか?」
「・・ないから悩んでるのでござるよ」
「あ?薫になんか強請られたのか?」
「はは・・そうじゃなくて、拙者が何か贈りたいのでござるよ。
水無月は薫殿の誕生日故」
「あぁ、そういえばそうだったな
剣心もだろ?また年だけ老けたな」
「余計なお世話でござるよ」
「で、薫になにやるつもりなんだ?」
「それが決まらないからこうやってお主に相談しているのではござらぬか・・」
「ははっ、俺に相談なんて相当困ってるみたいだな。
俺なんかより妙とかに聞いた方がいいんじゃねぇのか?」
「いや、妙殿に聞くと後々問題が・・」
「あ〜・・そうだな」
暗黙の了解というのだろうか
それ以上聞かなくても弥彦は剣心が言おうとしていることが
しっかり理解できたようだ
「まぁさ、剣心からだったらあいつはなんでも喜ぶんじゃねぇの?
りぼんとか櫛とか、女が好きなもん適当に選んでさ」
「確かにお主のいう通りだと思うのでござるが・・」
「じゃあ、なんでそんな悩んでるんだよ?」
「・・・」
剣心はじっと、空を見上げながら薫の顔を思い浮かべた


りぼん・・櫛・・
やはりそういったものが無難だろうか
しかしそれなら彼女はたくさん持っている
ついこないだ新しいりぼんを買っていたし・・
着物・・は値が張るしなぁ・・
あぁ情けない
贈るもの一つ決められないなんて
世の中の男は一体こうゆう時なにを選ぶのだろう
花・・とか?
しかし萎れてしまったらそれで終わりだし
できるならずっと残るものがいい
ずっと残るもの・・か


「・・剣心」
「あ、すまぬ。
なんでござるか?」
「いや、今の顔薫に見せてやりたかったなって」
「おろ?」
「顔にかおるかおるかおるって書いてあったぞ」
「や、弥彦!」
からかうようにそう言われて剣心は顔を赤くし飛び起きた
「なに楽しそうにしてるの〜?」
「おっ、薫!それがさ〜」
「な、なんでもないでござるよ!
それより薫、稽古は終わったのでござるか?」
「え?あ、うん」
「昼飯の用意をしておくから薫は汗を流してくるでござるよ
腹、減ったでござろう?」
「うん、もうぺこぺこだわ
弥彦、あんたも食べてくでしょ?」
「おぅ」
「それじゃぁちょっと行ってくるね!」
「あぁ」
高く結われた藍の髪が揺れる様子を
二人は目で追うように見つめた
「・・ところで」
「ん?」
「剣心て薫のこと、名前で呼んでたんだな」
「え・・あ!」
剣心はしまった!とでも言いたいように口を開けた
「別に隠すことないのによ〜夫婦なんだしさ!
うまく使い分けやがって」
「は、はは・・」
「ご馳走様、だな」
弥彦は勝ち誇った顔でそう言うと、ぽんと剣心の肩を叩いた


結局弥彦には墓穴を掘っただけだった
暫くは事あるごとにさっきのことを話しに出されるのだろう


困った
本当にどうしようか・・






「・・しん」



「剣心?」




「剣心!」
「おろ?」
はっと顔を上げると、薫の大きな瞳が目の前にあった
「え・・あ、どうしたでござる?」
「それはこっちのセリフよ!
さっきからぼ〜っとしちゃって、どうしたの?」
「す、すまぬ。拙者ちと考え事を・・」
「考え事?
なにかあったの?」
「いや、大したことでは・・
それよりはやかったでござるな、帰ってくるの」
「え?そう?ちょっと遅くなったかなって思ったくらいだけど」
そういって薫が時計に目を向けるのを追うように剣心も視線を動かした
「おろっ!?」
見ると時計はすでに6時をまわっていた
ずいぶんと長いことこうしていたようだ
「す、すまぬ拙者まだ夕飯の支度を・・」
「そんなのどうだっていいわ
それより剣心、大したことないなんて嘘でしょう?」
「え?」
「なにか深刻なことなんじゃない?
眉間に皺寄せてずっと下向いたままだったわよ
いくら声かけても答えないし・・」
「それは・・」
まさか薫のことを考えていたとも言えず、剣心は視線を泳がせた
「・・・」
そんな剣心の手に薫はそっと自分の手を乗せた
「薫?」
「・・一人で、悩まないで?」
ぎゅ、と剣心の手を握り両の手で包み込む
「剣心が一人で苦しむのは嫌なの・・
いつも、笑ってほしいから・・」
そう言って微笑んだ薫の顔はどこか儚く見えた
「かおる・・」


違う
望んでた笑顔はこんなものではない
いつも笑っていてほしい、そう思うのは自分の方だ
あぁ、そうか
簡単なことなのだ

剣心は薫を懐に閉じ込めるように抱きしめた
「剣心?」
「違う・・違うのでござるよ
拙者が考えてたことは薫のことでござる」
「わたしのこと?」
「水無月は・・薫の誕生日でござろう?」
「あ・・」
「薫のためになにかしたかったのでござる・・
ただなにをすれば喜んでくれるのか考えれば考えるほどわからなくなって・・
その、なんというか欲が膨らんで決められなくなってしまったのでござるよ」
剣心は情けなそうにそう言うと、さらに深く薫を抱きしめた
「剣心・・」
「すまぬ・・拙者は本当に甲斐性なしな夫でござるな」
「そんな・・そんなことないよ」
薫は剣心の背に腕をまわし抱きしめ返した
「嬉しいよすごく・・
そんな風に真剣に悩んでくれたことが嬉しい・・それで十分だわ」
「しかし・・」
「わたしは、剣心がいればいい
わたしがいつも欲しいと思うのは剣心だけよ」
「薫・・」
「だから、ありがとう剣心」
そう言って薫は剣心の額に自分のそれをくっつけて微笑んだ


眩しいくらいの笑顔
なによりも綺麗な笑顔
あの時感じた気持は
祝ってもらったことが嬉しかったんじゃなくて
君が
俺のために何かしたいと思ってくれたこと
それがなによりも嬉しくて
俺のことを考えて
俺のために時間を使って
それが本当に
嬉しかった
それは君も同じで
俺が何を贈っても
どんなに小さな冴えないものでも
君はきっと
今と同じように一番の笑顔を見せてくれるのだろう

そしてきっと君は
俺が幸せなら常にこうやって笑ってくれるのだ
いつもくれるから気づかなかった
絶やすことのない笑顔
だけどそれを引き出すことができるのは
他の誰でもない自分だけ
自惚れかもしれないけど
彼女の笑顔がそう伝えてくれる

そしてそれは俺も同じで
今俺は
どうしようもないくらい情けない顔を晒しているに違いない


「誕生日おめでとう、薫―」
「・・ありがとう、剣心」


それなら俺は、この笑顔を失わないようにするまで
誕生日だとかそんなの関係なく
常に君が一番の笑顔でいられるよう
そのためには
彼女の幸せと
俺の幸せ
どちらも欠かすことができない

全く、ずいぶんと幸せな使命を手にしたものだ




「・・しかし」
「ん?」
額をくっつけ合ったまま、剣心が呟いた
「やはりなにか、したいでござるな」
「え?」
「薫、なにか欲しいものはないでござるか?」
「欲しいものって・・だから、わたしは別に・・」
「昨年浴衣をくれたでござろう?
拙者もなにか薫に贈りたいのでござるよ」
意外にも真剣にそう言う剣心に、薫はうーーんと首を傾げながら考えた
「じゃぁ・・」
「ん?」
「なんでもいいのね?」
「・・あまり値のはらないものなら」
情けなそうに笑う剣心に薫もまた笑った
「お金はかからないわ」
「おろ?ではなんでござろうか」
「・・あのね」
薫は指をもじもじさせながちらちらと剣心を上目使いで見つめ、小さく呟いた
「・・これからはわたし以外の前でも薫、って呼んでほしいの・・」
「え・・」
あまりにも意外な要望に思わず剣心は間抜けな声を上げた
「だってさっき弥彦の前で呼んでくれたじゃない?」
「そ、それは・・」
剣心は困ったようにうろたえた
やはりしっかり気づかれていたようだ
「・・嬉しかったんだけどな?」
薫はお得意の上目使いに少しだけ潤いをのせて剣心を見つめた
剣心がこれに弱いのは百も承知だ
「・・善処するでござる」
案の定剣心はまいったとでもいうようにため息をつき、首を縦に振った
「やれやれ・・薫には敵わないでござるなぁ」
「あら、今さら知ったの?」
薫は腰に両手をあててにこりと笑った

「なんてたって、剣心の奥さんだもの!」










(終)



薫、お誕生日おめでとうの気持を込めて。
剣心の一人称に「俺」を使うのがあまり好きではないのですが
「拙者」だと形がつかなくてこっちを選びました。
「薫」とこっそり呼ぶ剣心に萌え。
わたしはこっそり好きです。
そして結局何もあげれず不甲斐なく終わった剣心・・
あなたはそれでいいのよ(笑)
WEB拍手の小話となんとなく繋がっています。
薫殿、お誕生日おめでとーー!!!


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