伝えたい言葉がある
たった一言なのに、今だに死ぬほど緊張してしまうのは
俺もまだまだだということだろうか




―言の葉―






「はい、終わり」
「・・・」
もうちょっとで夢の中、というところで声が降ってきた。
「・・・」
「ちょっと?
もう起きていいわよ?」
猫の毛のように絡みつく色素の薄い髪をその手で撫でられるのが好きだった。
「・・もう少し、こうしていたい・・」
「あら、珍しく甘えんぼさんね」
ころり、と寝返りを打って柔らかな腹に顔を寄せる。
こうやって、膝の上で耳掻きをしてもらうのも好きだった。


けれどいつもは先約がいて
甘える姿を見られたくなくて



「・・母さん」
「なぁに?」
「・・今日、父さんの誕生日だろ」
「あら、覚えていたの」
薫は驚いたように膝に縋り付く息子を見下ろした。
「あなた何も言わないんだもの。
忘れてるかと思ったわ」
どこか嬉しそうに薫は父親と同じ色をした愛息子の髪を撫で続ける。
「・・そういえば。
なんだかんだいって剣路は一度も忘れたことないわね。
あの人の誕生日」
「・・母さんが毎年毎年騒ぐから」
そう言う剣路の表情はどこか不機嫌そうな、しかし照れを含んだもので
ごまかすように薫から顔を逸らした。
「じゃあ、今年も一緒に祝ってあげようね。
母さん頑張っておいしいご馳走つくるから。
あの人きっと忘れてるだろうから帰ってくるまで内緒よ」
「ん・・」
なんだかずいぶんと素直な息子がおかしくて薫はくすりと笑った。
「・・なに」
「ううん。
なんでもないわ」
このまま機嫌を損ねてはいけないと思ったのか、
薫はじっと睨んでくる息子に笑顔で返した。
「それにしても遅いわね・・子供たちを連れてどこまで行っちゃったのかしら」
「家が静かでいいけど」
「今頃お父さん困ってるわ。
剣路の方が妹たちの面倒見るの上手だものね」
薫はさも楽しそうにけらけら笑うと、ぽんと剣路の頭を撫でた。
「さ、もう起きて。
母さん支度するわ」
「ん・・」
剣路はゆっくりと身体を起こすと腕を伸ばして大きく伸びをした。
そんな剣路を薫は愛しそうに見つめた。
「ねぇ、別にお父さんがいる時だって恥ずかしがらずにこうやって甘えていいのよ?」
まるで今までこんな風に甘えたかったことを知っていたかのようにいう母の言葉に
剣路は眉をしかめた。
「甘えられるのは父さんだけで十分だろ」
「あら、ここはお父さんだけのものじゃないもの。
剣路と、妹たちと、家族みんなの場所よ」
そう言って薫は自分の膝をぽんと叩いた。
そんな母親に剣路はあやふやに笑うと再び伸びをし、空を見上げた。
「・・いい天気だな・・」
6月だというのに雨も降らずくっきりとした雲が見える。


天気もあの人の誕生日を祝っているのだろうか―



気がづいたら、自分はずいぶんとひねくれ者になっていた気がする
甘え方を知らないんじゃなくて
素直になる方法を知らない
特に父には

いつまでも母親を一人占めするから
自分と全く同じ顔だから
常にへらへら笑ってるだけなのに、ずいぶんとまわりに慕われているから

理由を上げればたくさん出てくる
だけどそれはどれも子供めいていて
あまりにくだらないことだということにいい加減自分も気づいていた
だけど身体が大きくなればなるほど
今までの態度や習慣を変えることはできなくて
そんな自分を見て
父は相変わらずどこか困ったような
だけど優しい笑顔を見せる

だけど一つだけ、自分の素直な気持を父に伝える方法を知った

あれはまだ俺が小さかった頃
6月20日
今日は父の誕生日なのだと母に教えられて
俺はこっそりと
母の見ていないところで父に伝えた
「誕生日おめでとう」と
その時の父の顔は
俺と同じ色の目をこれ以上ない程見開かせて
驚いたような
ただひたすら驚いたような
だけどすごく嬉しそうな照れ笑いを見せた
そして「ありがとう」と
俺を抱きしめた
あんなに喜ぶと思わなかったから
俺はまるで
恋を知った子供のように頬を染めたのを覚えてる

あれから一年一年と時が過ぎていって
妹が生まれ
弟が生まれ
相変わらず俺はあの人に対してひねくれた態度を取っているけど
毎年この日には
この日だけは
必ず言いたいと思った


だから今日も


「ただいまー」
「かあちゃーーーーん」
「はーい、お帰りー」


騒がしいのが帰ってきた
仕方ないから
今日は母さんを譲ってやるか

そんなことを思いながら
俺は駆け込んでくるであろう妹たちが来るのをじっと待っていた








(終)



6月20日、剣心お誕生日おめでとうの気持を込めて。
この話で剣路が何歳なのかは決めてません。
明るい家族生活万歳!
剣路はひねくれててもお母さんお父さん大好きなんだい、希望。



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