もっちりとした餅の感触と口に甘く広がる餡を楽しみながら
薫はじっと一点を見つめていた。
視線の先には当然その人。
剣心は話していた通りがかりの商人に軽く会釈すると小走りでこっちに戻ってきた。


「この先で馬車を捕まえられるそうでござる。
もう少ししたら行ってみよう」


剣心は隣に腰を降ろすと首を傾けて薫の足元を覗き込んだ。


「どうでござるか?」


足袋を脱いだ薫の右足はつま先が赤く腫れていた。
やはり新しい下駄を履いてきたからだろうか。
歩いているうちにひどくなっていく痛みを薫はじっと我慢していた。
しかし、だんだんと足を引きずるように歩き出した薫に気づいた剣心が
どこかで休もうと言ってきたのだ。

外に置かれた長椅子に座り
おいしいお茶とこの店自慢の蓬団子を食べながら 薫はようやく痛みから解放された。
今日も昨日と同じように天気が良い。
時おり吹くそよ風が素足に気持ち良かった。



「はやく言ってくれればよかったのに。
痛かったでござろう」
「大丈夫よ。
休んだら良くなってきたし」


気遣うように言う剣心に薫は笑顔で返した。


楽しかった旅ももうすぐ終わりを迎える。
靴擦れのせいで痛い思いはしたものの
予定通り伊豆の町を楽しみ海岸を散歩することもできた。
弥彦へのおみやげも買ったし、あとはもう家に帰るだけだ。
家に着く頃にはすっかり夜になっているだろう。


薫は蓬団子の乗ったお皿を剣心に差し出した。


「剣心あと食べていいよ」
「食べないのでござるか?」
「うん、もうお腹いっぱい。」
「それじゃあ」


剣心はお皿に残っていた二つの団子のうち一つを口に放り込んだ。


「うまい」


にっこりと微笑んでそう言う剣心に薫は思わず顔を反らした。


いつもと同じ笑顔なのに今日は まともに目が合わせられない。
いい加減成長しなくちゃな、とは思うのだが
どうしても昨夜のことを思い出してしまうのだ。



あの後、数え切れない程唇を重ねあった。
重ねれば重ねる程どんどんどんどん気持ちが高ぶっていって
お互い「もう寝よう」とか「これで終わり」だとか言いながら
なかなか離れられなかった。

濡れた唇が糸を引き合って
寝巻き越しでもわかるくらい二人の身体が汗ばんで
乱れた息からは時折甘い声が発せられた。

触れ合うことが心地良くて気持ち良くて、
薫は剣心のこと以外考えられなかった。


それでもやはり疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまったらしい。
目が覚めた時には剣心はすでに起きて支度を済ませていた。
恥ずかしくて顔を合わせられない薫と反対に
剣心はすっかりいつも通りののほほんとした彼に戻っていた。
特にそのことに関しては触れないまま二人は朝食を食べると早々に 宿を出た。


今日一日昨夜のことで頭がいっぱいだった。
町をまわっている間、一体何度思い出したかわからないくらいに。
剣心の顔がまともに見れないくらいに。

だけど、あまりに普通な剣心を見ていると
なんだか夢だったんじゃないかとも思ってしまう。


夢にする気なんか、全然ないんだけどね。


「・・・・・・・。」


薫はちらっと辺りを見渡した。
茶屋には薫たち以外客がいない。
店員の老婆も店の奥に引っ込んで出てくる様子がない。
茶屋の前は散歩道になっているがあまり人通りも少ないようだ。
薫はそれをひと通り確認すると剣心に顔を向けた。


「剣心、やっぱりわたしも食べたいわ」


剣心がきょと、とした顔で薫を見返した。
ちょうど口の中で最後の団子がもぐもぐと消化されているところだった。


「すまぬ。
これが最後のひと・・」






触れ合せた唇で剣心の言葉を攫う。
昨日さんざん味わった柔らかい感触が二人の間に広がった。
その感触に酔いしれるように薫はさらに唇を動かしていく。
薫が昨夜、幾度もそうされたように剣心の下唇を啄むと
触れた部分からほんのりと甘い餡の味がした。


「か・・」


剣心は驚いたように目を見開いたまま固まっていた。


「ん、甘い」


小さな舌をぺろりと出して薫がにっこり微笑むと
剣心がそれにつられるように口の中のものをごくんと音を立てて飲み込んだ。


「ぐっ、ごほごほっ」
「ちょ、ちょっと剣心大丈夫?」


喉を詰まらせたのか、剣心が胸を押さえて咳き込み出した。
薫が慌てて背中を擦ってやる。


「薫殿・・い、いきなり何を・・」


苦しさから解放された剣心が息をほぅ、と息をついた。
少しだけ目尻が濡れている。


「つい。」
「ついって・・」
「夢じゃないって確認したかっただけよ」
「ゆ、夢・・?
夢とは一体・・」
「いーから!」


たまらず薫はぷんっと顔を反らした。
顔がしきりに熱くなり出したからだ。
心臓が激しく音を立てる。
この旅二度目の剣心の動揺した姿を見れて満足な気持ち反面、
薫も心の中では激しく動揺していた。
精一杯冷静を装ってみたのだがばれていないだろうか。
剣心に見せまいと顔を違う方向に向け
薫は一生懸命顔の火照りを冷まそうとした。


「・・・・・・・。」


そんな薫に剣心は特に何も言ってこなかった。
薫の耳にお茶を啜る音が聞こえてくる。





「―薫殿、行こう。」
「えっ?」


何を思ったのか剣心は残りのお茶を一気に飲み干すと 突然立ち上がった。


「そろそろ馬車が来るはずでござる」
「ちょ、ちょっと!」


そう言って剣心はあっけにとられている薫にかまわずさっさと歩き出してしまった。
薫は慌てて足袋を履き剣心の後を追おうとする。


そ、それだけ?他に何か言うことないの?


もっと慌てると思ったのに。
そりゃ、あんなの昨日のことに比べたら大したことじゃないかもしれないけど。
こっちはものすごく緊張しながら頑張ったのに
ずいぶんあっさり流されてしまった。
おまけに何もなかったかのようにさっさと行ってしまうなんて

ちょっとそれって、ひどいんじゃない?


「ちょっと待ってったら!」
「薫殿、走ったらまた足を痛めるでござるよ」


小走りで追いかける薫に剣心が手を差し出してきた。


こんな風に今日は一体何度手を差し述べられただろう。
そこに薫が手を乗せれば 当然のようにお互い指を絡めあって握り合う。
二人にとってこれはもう当たり前のことになっていた。
気づけば今日一日歩いている時はずっと手を繋いでいた。

繋ぎたいのに繋げない、昨日まではそんな二人だったというのに。


「わっ?」


薫がその手を取った途端、勢いよく剣心が腕を引っ張った。


       


ちゅ、と軽い音が口元で鳴った。

もう二つ程、鳴った。


「・・・・・な・・・」


不適の笑みを零した剣心がしてやったりとばかりに薫を見つめている。
昨夜の、あの剣心がひょっこりと顔を出したようだ。


「お返し、でござる」
「っ・・・も〜!!!」


やっぱり彼にはどう頑張ったって勝てないらしい。

でもこの際、それでいいんだと思う。
だってわたしはそんな剣心が大好きだから。
この旅で嫌ってくらい思い知っちゃったからね。
悔しいから口にはしないけど。




「さ、行こうか」


二つ、三つと音がまた増えて
最後にもう一つとばかりに口付け合うと
二人は寄り添うように歩き出した。




昨日までとは違う二人。
弥彦たちに気づかれるかな。
聞かれたって教えてあげる気はないけど。
こうやってわたしとあなただけの思い出を増やしていきたいから。




だから剣心、 また二人で来ようね。




ね。





(終)








最後までこんな二人で終わらせてみました。

ここまでお付き合いくださりありがとうございます!

成り行きまかせで始めたこの小話。

二話以降全く何も考えていなくて「いつ終わるかわからないものになりそうだな・・」

くらいにしか思っていなかったのですが 「続き楽しみにしてます」という声に煽られて

どんどん話(妄想)が膨らんでいきました。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました!








*おまけ*

「・・・ところで剣心」
「なんでござる?」
「わたしたち昨日、結局一緒の蒲団で寝たの・・?」
「え・・、と。それは・・」
「それは・・?」
「・・・・・・気になるのでござるか?」
「・・・ちょっと」
「じゃ、秘密でござる」
「あっ、ひど〜い!教えてよ!」
「薫殿が寝てしまうのがいけないのでござるよ」
「そ、それは・・・」
「ものすごく気持ち良さそうに寝てたでござるな」
「だって疲れてたから・・ねぇ、もしかして剣心怒ってる?」
「・・・・・・・・・・別に。」
「あーやっぱり!なんで?わたし何かした?」
「何もしてないござるよ。
なぁっんにも!」
「嘘つき〜!ねぇ剣心てばぁあ。
あ、何よそのため息!も〜教えてくれたっていいじゃない!!」


(・・・ため息もつきたく・・なるよなぁ・・)





ってわけで剣心視点に続くのです(笑)

この真相とか(笑)いろいろ補足したいところ、 書きたかったシーンなども幾つかあるので

少し間を空けて剣心編を書く・・かもしれません。(予定は未定)

その時はまたよろしくお願いしますv














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