―いつか―





「剣心、身体大丈夫?
疲れてない?」
さっきから一体何度同じことを聞かれたのだろうか。
剣心は苦笑いしながら何度目かの同じ答えを返した。
「大丈夫でござるよ」

赤髪の剣客、緋村剣心の後ろをまるで見張るようについて歩くのは
お馴染み神谷薫、その人だ。
「散歩に行きたい」と言い出した剣心に半ば無理やりついてきたようなものだっだ。
怪我が治り体力が戻ったばかりの彼を薫は今だひどく心配していたからだ。
梅雨の時期にしては、今日はいい天気だった。
久々の雨に解放されて、外に出たいと思わないわけがない。
ましてやずっと布団に入ったままだった剣心は
久しぶりの外の空気を存分に味わった。

剣心が志士雄との死闘から帰還し、ずいぶんと日が経った。
思えば季節は少しずつ色を変え始めている。
肌に絡みつくような湿気と、身体の芯からじりじりと張り付くような暑さは
これから訪れるであろう夏の厳しさを物語っている。

「そんな風に難しい顔をしなくても、辛ければ言うでござるよ。」
剣心にそう言われて、薫は思わずはっとした。
さっきから監視するように見られて、なんだか気分は捕まった囚人のようだ。
出かける時なんて、「剣心が倒れたらわたしが負ぶって帰ってくるわ!」などと言うものだから
あまりの威勢のよさに剣心は思わず吹き出してしまったのだ。
どうやら今回は守るどころか盛大に守られているようだ。
恵や操の話によると、薫は剣心が目覚めるまでの間
ほとんど寝ることも食べることもなく付きっ切りで看病していたという。
それを思うと、自分がどれだけ心配をかけたか剣心は申し訳ない気持でいっぱいになった。
それと同時に、こうして傷が癒えて起きれるようになった今でも
心配してくれる薫の気持がすごく嬉しかった。

「・・まさか、こんな気持で京の町を歩くことができる日がくるとは・・」
「え?何か言った?剣心」
「いや、なんでもないでござるよ。
さて・・そろそろ戻るでござるか?」
「そうね、なんだかお腹すいてきちゃった」
「拙者もでござるよ」
「操ちゃんが今日は宴会だって言ってたわ。
今日は剣心が怪我が治って初めて外に出た日だからお祝いしようって」
「はは、なんだかそうやって毎日なにかしら祝られてる気がするでござるな」
「わたしも同じこと言ったわ。
昨日は剣心が初めて一人でお風呂に入ったからって・・
なんだか子供の成長を祝ってるみたいで笑っちゃった」
「おろろ・・祝られる拙者の身になるでござるよ」
「ふふ、でもわたしも操ちゃんに同感だな。
あんなにひどい怪我で一時は命さえ危なかったのに、一日一日って良くなっていって。
人間ってすごいなぁって思っちゃった」
「ほんとうに・・そうでござるな・・」

剣心は懐に入れたままの手でそっと己の身体に刻まれた新しい傷に触れた。
「生きようとする意志は・・なによりも強い・・」
ぽつりと、剣心は薫に聞こえないくらいの声で呟いた。
「大事にしなくちゃね、守り抜いた命を」
その言葉に剣心が振り返ると
そこには生き生きとした、眩しい薫の笑顔があった。

―この笑顔を見るために、帰ってきた・・

目を細めながら剣心は薫を見つめる。
風でなびく髪を耳にかきあげる姿を綺麗だと思った。
「剣心?」
その視線に気づいた薫はきょとんとした顔で剣心を見つめ返してくる。
その声で、剣心は一瞬だが自分が薫に見とれていたことを知る。
「な、なんでもないでござるよ。
さぁ、行こう」
少しだけ熱を帯びた顔を隠すように剣心は歩みを進めた。

「薫殿?」
ふと、薫が立ち止まったままなことに気づき振り返った。
薫はというと、じっとどこか一方を見つめている。
その視線を追いかけるように剣心も目を動かした。
「あぁ・・」
剣心は思わず口元を緩めた。
「こうやってお目にかかれるのは珍しいでござるな」
二人の視線の先には大きな家があった。
気づけばずいぶんわき道を来たらしく、あたりは同じような立派な家が幾つも並んでいる。
同じように立派に造られた庭に見えるのは、黒と白に着飾られた男女である。
世ではこれを、花婿と花嫁というのだろう。
「ちょうど儀式が終わった後でござろうか・・」
幸せそうに笑う二人は6月の京都の湿った空気を洗い流してくれるようだった。
二人を囲む家族や友人には笑顔が零れ、
心から彼らが夫婦になったことを祝っているようだ。
「綺麗ね・・」
薫がうっとりと二人を見つめる。
「そうでござるな・・」
白無垢を纏った新造の笑顔は、眩しいくらいに輝いて見えた。
「・・わたしもいつか、あんな真っ白な着物を着ることができるのかな・・」


薫の花嫁姿。
それはさぞ、美しいことだろう。
剣心はそう思った。
もし、彼女がそれを着る日が来た時、自分は一体どこにいるのだろうか。
その時自分は、どんな気持でいるのだろう。
そう思うとなぜか胸の奥にちくりと痛みが走った。
「さ、行きましょう?」
考え込むように黙ってしまった剣心を不思議に思いながら薫は再び歩きだした。
「・・・」
馬鹿なことを・・そう自嘲的に笑い首を軽く振ると、
剣心も薫の後を追うように歩をすすめた。
「・・そうだ」
「なんでござる?」
ふと薫が足を止め、振り向いた。
藍色の髪がさらりと揺れる。
「もし剣心が三十超えても奥さんが見つからなかったら、わたしがなってあげるね!」

「よろしく頼むでござるよ」なんて、笑いながら返されると思っていたのに、
剣心の意外な反応に薫は顔を固まらせた。
冗談半分で言ったつもりだったのに、
剣心の顔は度肝を抜かれた、そんな表情だったからだ。
思わず薫も表情を崩す。


まさか本気でとったのだろうか?
そんな馬鹿な
それじゃあ自分は?
軽い冗談だって言い切れるだろうか?


「け、剣心・・?」
じっと自分を見つめたまま動かない剣心に薫は耐えられなくなって口を開いた。
「じょ・・」
「ありがとう、薫殿」
「え・・」
剣心はそれだけ言うとすたすたと歩いていってしまった。
そんな剣心に対して薫はその場に立ちすくし動けずにいた。
それ以上何も言ってこない背中に答えを求めるよう見つめる。

なにが、「ありがとう」なのだろうか。
その笑顔は、何を意味しているのだろうか。
「冗談よ」って、言わなくてよかった。
薫はなぜか、そう思った。
「それなら」
「え?」
剣心は再びくるりと振り返るとにこりと微笑みながら言った。
「薫殿に相手ができないよう、拙者は見張っていないといけないでござるな」
「なっ・・」
「はやく帰るでござるよ。
腹が減ったのでござろう?」
さも楽しそう剣心はそう言うと、再び薫を置いて歩き出してしまった。
「ま・・待ってよ剣心!」

なんだったのだろう?
さっきのは、どうゆう意味だったのだろう?
なんだかすごいことを言われた気がする、そう思いながら薫は慌てて剣心を追いかけた。


あれが剣心にとってどこまで本気だったのかはわからない
薫もどこまで本気でそう言ったかわからないように


うっすらと汗みだした身体は、決して湿りを帯びた空気のせいでなく
しきりに上がりだした胸の火照りのせいだということを
二人が気づくことはなかった


あの頃はまだ何も知らなくて
未来を見る余裕などなく
ただ、生まれた想いを大事にしたいと
「今」があればいいと
そう思う方が強かったから
お互いそれ以上追求することも
語られることもなかった






「剣心?」
ふと、剣心が足を止めたので薫が振り返った。
剣心はというと、じっとどこか一方を見つめていた。
その視線を追いかけるように薫も目を動かす。
「あぁ・・」
薫は思わず口元を緩めた。
「ちょうど儀式が終わったばかりかしら・・」
どこかで交わしたことがあるような会話。
しかし二人は特に気に止めることもなく美しく着飾られた花婿と花嫁を見つめた。
「・・綺麗ね・・」
「そうでござるな・・」
何度見ても、いいものだと思った。
そこから溢れる笑顔はまわりの者まで幸せにしてしまう。
「しかし・・」
「なぁに?」
「薫殿の花嫁姿は、もっと綺麗でござったよ・・」
「剣心・・」


あれからいくつもの季節が過ぎて
それでもあの時目に焼きつけた姿は
感情は
今も、これからも
決して色褪せることなく
自分の中でなによりも美しいものとして残ることだろう

「・・行こうか」
そっと、剣心が手を差し出した
「・・うん」
そっと、薫の手が重なった



(終)



6月の花嫁ということで、こんな話が浮かびました。
明治の結婚について詳しく知らないのでかなりごまかしましたが
そのへん変はつっこまずにいてやってください(笑)


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