寒い朝は布団から出たくなくなる


柔らかくて暖かくて


どうしようもなく離したくなくなってしまうから







―君と過ごす朝―







「ふ・・・」


深く閉じられた瞼がひくひくと動いた。


自分の寝巻きを掴んでいた手でぽりぽりと鼻の上をかいて
無意識にまたそこへ手を戻す。

その手をそっと包み込んでやると
安心するようにその口元が和らいだ。
その表情に剣心もつられるように頬が緩まる。



寒さが厳しくなってきたこの頃。
暖かい布団から出たくなくて、なかなか起きるのに時間がかかってしまう。


そんなことを繰り返してるうちに自分の隣で眠るその子を
何もすることなく眺めるのが最近の習慣になりつつあった。


小さな身体はすっぽりと剣心の腕の中に納まっていて
ぴくりとも動こうとしない。


夜はどんなに抱き寄せても手を振り払われてしまうのに
朝起きて見てみると
寒いのかはたまた寝相のせいなのか
こんな風にひっついて眠っているのだ。


素直じゃないというかなんというか
可愛いったらしょうがない。


柔らかい髪を幾度も撫でて
自分の寝巻きを掴む手を暖めるように握ったり揉んだりしてやる。


その柔らかさを堪能するように閉じていた目を開くと
大きな瞳と視線が合わさった。


「おろ・・起きてしまったでござるか」


まだ半分夢の中のようなとろりとした目は
自分をとらえているのかさえわからない。


「おはよう、剣路」


まだ3歳の愛息子に剣心は愛情たっぷりの笑顔をおくった。


「・・・かあちゃん・・」


やはり子供にとって母親が一番なのだろうか。
父親のことなどどうでもいいとばかりに今だ開ききらない目をきょろきょろと動かし出した。


「まだ寝てるでござるよ」


起きて早々振り払われてしまった手に苦笑いしながら剣心は顎だけ動かして
剣路のお目当ての人がどこにいるかを教えてやった。


すぅー・・・


聞こえてきた寝息をたよりに
剣路は首を無理やり後ろへ動かした。


「かあちゃんは家一番の寝ぼすけでござるからなぁ」


後ろから剣路を抱くようにして
薫は相変わらず規則正しい寝息を立てながら眠っていた。


いつもなら駄々をこねるように薫を起こそうとするのだが今日の剣路は違うようだ。
何を思ったのか布団から出ようと身体をもぞもぞと動かした。


「そんな格好では風邪を引いてしまうでござるよ」


傍に置いてあった剣路用の小さな半纏を着せてやると
おぼつかない足で布団を飛び出した。


「剣路、どこに行くのでござる?」
「やひこー」


それだけ言って剣路はそのまま部屋を出て行ってしまった。

時計を見れば9時を過ぎていた。


「もうそんな時間でござるか・・」


道場ではすでに弥彦が門下生と共に稽古を始めているはずだ。
剣路は毎朝薫と一緒に道場で稽古の様子を見るのを楽しみにしている。
なるほど、子供には冬の寒さもどうってことないらしい。


(さて、そろそろ起きるか・・)


時間になっても道場に現れない自分たちを起こしにこなかったのは
気をつかってくれたからだろうか。
寒い中稽古にはげむ弥彦たちのために握り飯でもつくってやろう、
そんなことを思いながら剣心は身体を動かした。



ふと、自分の身体に巻かれたままの腕に気づく。
剣路がいなくなってしまったことで寒くなったのか
いつの間にか薫が隙間を埋めるように剣心により添って眠っていた。


「薫殿、そろそろ起きるでござるよ」


軽く肩を揺すってやると整った眉が歪められる。


「んー・・」


起きるか?と思ったが、ただの思い過ごしだったらしい。
それどころか薫はさらにきつく剣心の身体に抱きつき
ほどけかけた脚を絡め直してきた。


「おろ・・」


暖かさを取り戻した薫はさらに深い眠りに落ちていったらしい。
剣心のわき腹の辺りに顔を埋めて動かなくなってしまった。
そんな薫に剣心はやれやれとでもいうようにため息をついた。


「しょうがないでござるなぁ」


言葉のわりにどこか嬉しそうな表情で
剣心はもう一度布団に身を沈めた。


「ま、たまにはいいか・・
剣路のことは弥彦にまかせよう」


家族仲良く川の字になって眠るのもいいけど
たまには夫婦水入らずで眠りたいとも思う。


暖かい背中に手を滑らせて
細い腰を引き寄せて
柔らかい唇を味わって


剣心は自分の胸の中で眠る妻の寝顔を
時間の許す限りいつまでも見つめていた。







寒い冬は布団から出たくなる


柔らかくて暖かくて


どうしようもなく離したくなくなるから





今日もまた、君と一日が始るね―





(終)






幸せ緋村一家のある冬のお話し。

川の字ばんざーい。

剣路は寝る前は「かあちゃん!」って言って薫殿に顔向けて寝てそうだけど

朝起きたら剣路も薫殿も剣心にひっつて団子みたいに寝てるといいな。

やっぱお父さんが一番あったかいだろうし。

タイトルと最後の文の「君」は、薫殿と剣路くんの両方をあらわしてます。

たった二つの、剣心の大事な大事な幸せ。











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