―宵―






「でねでね、その後ね」
「はいはい」


気づいたら湯上がりの彼女の髪を拭くのは自分の役目になっていた。


髪は女の命だという


そんな髪をなんの警戒もなくこんな風に触れさせてくれるのは自分にだけだろう。
絹のような彼女の髪は、触れているだけでどうしようもない優越感を与えてくれる。


「あんまりにも腹立ったから思わず弥彦に飛び掛ったのよ」
「赤べこででござるか?」


今だほんのりと蒸気させた頬と
無意識に潤んだ瞳
艶やかに濡れた唇が休むことなく言葉を紡ぐ。
手拭いで髪全体を覆うように拭いてやると薫はくすぐったそうに身を捩った。


「うん。そしたら勢いありすぎて二人してお客さんの座間に突っ込んじゃって・・」
「冗談でござろう?」
「冗談じゃ・・ない・・」


予想以上に驚いた自分に薫はますます己の醜態を思い知らされたらしく、
恥ずかしそうに手をもじもじと動かし出した。


「でもまだ何も運ばれてきてなかったから大事には至らなかったわ」
「それで・・その客はどうしたのでござる?」
「えと・・その、弥彦と下敷きにしちゃって・・」
「かおるどの〜〜」
「も、もうしないわよっ。
ちゃんと謝ったし・・お詫びに牛鍋払ってあげたし・・」
「それにしたって、ちとお転婆が過ぎるでござるな」
「わっ、も、もうしないってば〜〜」


わしゃわしゃと髪を手拭いでかき回すと、薫が声を上げた。


「でもね、すごくいい人だったの」


彼女の大切にしている櫛を鏡台から取ると、薫は当たり前のように自分に背を向けた。
自分もあたり前のように彼女の背にまわると髪を一房取り、そこに櫛を当てていく。


「なんか最終的には牛鍋ご一緒させてもらっちゃってあんまり払った意味なかったわ」
「・・その客、男でござるか?」
「うん。男の人二人」
「ふーん・・」


さりげなく探りを入れて、密かに心の中で嫉妬という感情と戦う。
こんなこと、いちいち表に出したってきりがない。
本人がわかっていないのが一番の問題なのだ。


気を落ち着かせるよう幾度も彼女の髪を梳かしていく。
その度に藍の髪に艶が増していくようで。
丹念に丹念に同じことを繰り返す。


「ということは、薫殿は拙者抜きで一人牛鍋を味わったというわけでござるな」


真意とはまるで違うことを言うことで彼女に不満を伝える。
素直じゃないと言われればそれでお終いだが、これが性分なのだから仕方ない。


「それは・・その、今度一緒に行こう?」


伺うようにそう言う彼女の言葉だけで、このもやもやした気持が晴れてしまうのだからしょうもない。


「とにかく、程々にするでござるよ。
弥彦も一応雇われて働いているのでござるから」
「はーい」
「できたでござる」


さらりと髪が揺れて、薫が振り返った。


「ありがとう」


目を細めて薫が微笑んだ。







「あ、あとね」
「うん?」


彼女の頬に口付けると薫の口が再び開いた。


「今日操ちゃんから手紙が来てたの」
「操殿から?」
「うん、たまにこうやって連絡取り合ってるんだ」


耳から頬、頬から首筋へ手を滑らせて
慈しむように幾度も撫で上げる。


「それで、なんと?」
「ん?んーなんか蒼紫さんのことばっかで特に重要なことは書いてなかったわ」
「はは・・操殿らしいでござるな」


耳たぶを擦るように指で愛撫して
腰を引き寄せたまま
白いうなじに顔を埋める
彼女からしか得ることのできない甘い香りが鼻に広がって
それだけで身体が喜びに打ち震える


「わたしもね、手紙には剣心のことばっか書いてるの」
「拙者のこと?」


自分の話題になり思わず顔を上げた。


「して、拙者の何について書いてるのでござるか?」
「んーたとえば、この間蹴飛ばしたら剣心が洗濯ものの桶に突っ込んじゃったこととか。
剣心は意外にも甘党だったとか。
あと剣心が寝言でわたしに説教してたことも話しちゃった」
「おろ・・」


おなご同士が好いた相手について筆を走らせるのだからどんなものかと思えば
なんだかずいぶんと色気のないことを書き綴っているようだ。


「あとちょっと大人な話とか」
「大人?」


この言葉に敏感に反応してしまうのはやはり男の性故だろう。


「大人な話とは?」
「ん?それは秘密」
「聞きたいでござるな」
「だめ〜内緒」
「だいたい想像はつくでござるが・・
大人な話とは、こんなことでござろうか?」
「んっ・・」


そう言って寝巻きの上から薫の柔らかい胸を揉み上げると薫がせつなげに身体をくねらせた。
喉に吸い付くと声にならない吐息が零れる。


「当たってる?」
「・・はずれてはない・・」


一体どんな話をしているのか。
すごく気になったが、今はそれより目の前にある「大人なこと」に集中したい。
寝巻きの腰紐を解きにかかるが薫は特に抵抗することなく言葉を続けた。


「皆元気だって。
操ちゃんが東京に来たがってたわ」
「そうでござるか」


曖昧に返事を返して腰紐を解くと、その白い肩から寝巻きを滑り落とした。
途端あらわれるたわわな胸に顔を埋めずにいわれようか。


「時間が・・ん、できたら蒼紫さんと一緒に来たいって・・」
「うん」


あまり耳を傾けず、鎖骨に舌を這わせながらゆっくりと胸元を辿る。
湯上りの肌は吸い付きが増し触れるたび身体の底から欲という欲が湧き上がる。


「はっ・・」


腰を抱きしめたまま胸の頂を口に含むと薫の眉が悩ましげに歪んで。
それがさらに情欲を煽る。



「あ、あとね・・ぅん、」
「ん?」
「さっき見たらお味噌が切れそうだったの」
「・・・・・」
「お塩とお醤油も明日買っちゃいたいからよろしくね」
「・・承知したでござる」



薫の胸に顔を埋めたまま小さくため息をつくと再び赤い頂を舌で転がした。
自分でたてる水音がさらに興奮を呼ぶ。


「あ、あとね」
「まだなにかあるのでござるか?」
「ん・・明日雨降るかもしれないって・・」



息を乱しながらも、出てくる言葉は情事とはまったく関係ない事ばかり。
聞き流しながら薫の脚を割り、膝の上にのせると大きく開かせた。
より接近して薫の肌を堪能する。



「そうだ、それから・・」
「薫殿、それは今言わなきゃいけないことでござるか?」
「え?別に・・」
「だったら、いい加減黙るでござる」
「ふっ」


止まることのない口を自分のそれで塞いで強制的に終わらせる。
最後まで聞いてたらいつまで経ってもコトに集中できない。


「んん、はぅっ・・」
「まだまだ余裕など与えてやらぬよ」


こんな風に睦言の前に薫がなんでもない話をするようになったのはつい最近のこと。
だけど、"慣れた"など思わせてやるつもりは毛頭ない。


まだまだこれから
苦しいと感じるまで
他愛のない世間話など口にする暇がないくらい
もっともっと溺れさせてあげるから


「お遊びはここまででござる」


感情のままに、強く薫を布団に押し付けた。




明日の朝目を赤くして怒る彼女を見るのが楽しみだ。








(終)







なんの意味もない、だけどほのぼの幸せな二人やりとり。















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