恋をした瞬間はいつだったか
そんなの、思い出せないほど時が経ってしまったけれど
あの時感じた情熱は
今も自分の中で生きている
柔らかな、君の笑顔と共に―


ふと、目を閉じてみた
桜が
見えた―



―桜恋―



「剣心?」

心地よいその気配はもう何年と自分の傍にいて
飽くことなく
変わることなく
常に穏やかな気持を運んでくれる

そっと、目を開けた
どうやら桜が人に姿を変えたようだ

「・・剣路は寝たのでござるか?」
薫は、覗きこむように剣心を見つめていた。
逆光で表情が見えないが、それでも薫がどんな顔をしているのか分かる。
「うん。やっと寝てくれたわ。
最近は特に元気がいいから落ち着かせるまでが大変よ」
薫はとんとん、と二、三度拳で肩を叩くと剣心の隣に腰を降ろした。
「それより剣心、眠いならここで寝ないで部屋で寝た方がいいわよ」
「え?」
「目を閉じてたから寝てるのかと思った」
「あぁ・・」
剣心はふとさっきまで考えていたことを思い浮かべた。
「いや、少し考え事をしていたのでござるよ」
「考え事?」
きょとんとする薫の顔は、どこか幼さを残す。
さっきまで子をあやし母の顔をしていたというのに、女とは不思議なものだと思った。
そんな薫に微笑みながら剣心はさらりと言った。
「拙者はいつから、薫殿のことを好きになったのだろうと」
「え・・」
意外な剣心の言葉に、薫は口をあんぐり開けたかと思うと、すぐに頬を赤く染めた。
「ど、どうしたのよいきなり・・」
にこにこと薫の反応を楽しむ剣心を睨みながら薫は伺うように尋ねた。
「で、いつからなの・・?」
「ん?」
「だから、いつからわたしのこと、好き・・って思ってくれてたの・・?」
まさか聞かれると思っていなかったのか、
剣心は一瞬驚いたような表情をしたかと思うと少し困ったように顎に手を当て考え出した。
「なぁに?
思い出せないの?」
「いや・・」
うーん、と唸りながら剣心は頭に添えると彼独特の笑顔を見せた。
「それが、わからないのでござるよ」
「わからない?」
「気づいたら・・というのが一番正しいのかもしれないでござる」
うん、と剣心は一人納得したようにそう言ったが、薫は気に食わないのかぷぅと頬を膨らませた。
「なにそれ。よくわかんない!
何かなかったの?きっかけとか」
考えてみればこれはいい機会だった。
剣心がいつ自分に「恋」というものを感じたのか。
今まで語られたことなどなかったけれど、よくよく考えてみればすごく気になる。
なにせ自分たちは出会った時からずっと一つの家で暮らしてきたのだ。
なんだか最初はお転婆な妹のように見られた気もするが、
「女」として意識されるようになったのはいつからだったのだろうか。
だから薫はそんな曖昧な答えに納得がいかなかった。
「きっかけ・・と言われても・・
本当に、気づいたら、だったのでござるよ」
「だから、気づいたらって、どんな風によ?」
「・・知りたいのでござるか・・?」
「ここまで言っていわないなんて、ずるいわよ」
「・・あんまり大した話ではないのでござるが・・」
「なぁに?わたしを好きになった話が剣心には大したことじゃないってこと?」
「い、いやそうゆう意味じゃなくて」
「もう!いいから教えなさいよぉ」
なかなか本題に入らない剣心にしびれを切らしたのか、薫はせかすように剣心の袖を引っ張った。
ここまでくると薫は引き下がらない。
剣心は観念したようにため息をつくと、ぽつりと話し出した。
「・・ある日・・」


       
そう、あれは空の綺麗な晴れた日だった。
志士雄との戦いを終え、戻ってきた平和な日々。
神谷道場はいつものように明るく騒がしかった。
薫と弥彦はいつものようにけたたましい声をあげて言い争いをしていて。
それを煽るように左之助が二人を冷やかし。
剣心は、そんな喧騒を聞きながら洗濯をしていた。
毎回毎回飽きないでござるなぁ、とか
そろそろ髪が暑苦しくかんじてきたな、とか。
そんなことを考えながら手を動かし、ふと顔を上げた。
さんざん争って満足したのか、弥彦は竹刀を担いで道場へ向かい
左之助はごろりと縁側に寝転がった
薫はというとぷりぷりと今だ顔を赤くしながら左之助を踏んずけ庭に飛び出してきた。
ぐぇっと唸る左之助のことなど気にせずそのままずんずんと剣心のもとへ向かう。
「あ〜もう!無駄な体力使ってお腹すいちゃった!
剣心!なんか食べたい!」
ずずんっ、と洗濯をしている剣心の前に立ちはだかり、
薫はそれだけ言うと踵を返しぶつぶつ言いながらもう一度左之助を踏みつぶして中へ入っていった。
「譲ちゃんの奴・・容赦ねぇ」
二度も腹を踏まれた左之助は苦しそうにそう言うと、ころりと寝返りを打った。
「つーわけで剣心・・俺にもなんかくれ」
そんな左之助の言うことなど耳に貸さず、剣心は薫が去っていった方を見つめたままだった。
(・・好きだなぁ・・)
一人ごとにそう心の中で呟きぽっと頬を染めたかと思うと、
次の瞬間には視線を洗濯に戻し再び手を動かし始めていた。


        
「たとえば、こんなかんじでござる」
「・・なにそれ」
「なにってだから・・」
「なんでそんなとこで好きだって思うわけ!?
わたし全然可愛げないし、それってほんとに日常的なひとコマってかんじじゃない!」
話しを聞いてさらに納得いかなくなった薫は剣心を問い詰めた。
「なんでと言われてもなぁ・・」
「それにたとえば、ってなによ?」
「うーんどう説明したらいいのやら・・」
「でもそれって、つまりは剣心がわたしを好きだと思うようになったのは
志士雄との戦いの後からってこと?」
「言ったでござろう?気づいたらって」
剣心はにこりと笑ってそう言った。
そんな剣心にたいして薫は首を傾げるばかり。
「そうゆう風に、自然と思うようになったのはその頃からでござる。
だから、たとえばって言ったのでござるよ」
でも、きっと・・」
自分は、ずいぶん前から彼女に恋をしていたのだと思う。
ただ、それを認めるようになったのは。
どんな小さなしぐさや言葉でさえ愛しいと素直に思うようになったのはあの頃だった。
気づいたら、本当に気づいたら彼女を見る度、そう自分の中で囁くようになっていた。
可愛いな、とか
好きだ、とか
愛しいな、とか
声にならない声で呟いていた。
それが恋の始まりとはいわないのかもしれないけど
日常の生活の中で生まれた感情は確実に「恋」というものを成長させてきたと思う。
それは幾度時を重ねた今も同じで。
「今だって、常にそう思っているでござるよ」
「へ?」
剣心はにこにこと笑いながら薫の頬に触れた。


止まらない
この想いだけは
常に自分の中で生き続けて
あの頃と変わることなく
あの頃以上に
恋というものをし続ける


恋をした瞬間はいつだったのか
もう今は思い出せないけれど
それでも彼女を想う度に新しい感情がこみ上げる
いつだって君に恋をしている
これからもずっと
飽くことなく
変わることなく


甘い味がした
薄く瞳を開ければ
伏せられた長い睫毛とピンク色に染まった頬が
さらに想いを加速させる
唇を重ね合いながら彼女のそんな表情を見つめるのが好きだった
彼女もまた
飽くことなく
変わることなく
俺に「恋」というものを教え続ける


「ところで・・」
唇を押し当てたまま、剣心は吐息のように囁いた。
「薫殿は・・?」
「え・・?」
甘く零れる息を逃さないように剣心が空きかけた隙間を埋める。
「薫殿は・・いつから拙者のことを・・?」
「いつからって・・ん・・」
そっと唇を離すと、淡く色づいた唇が艶やかに見えた。
「さぁ・・」
「さぁって・・」
薫の言葉に剣心はがくりと肩を落とした。
「ひどいでござるなぁ」
「だって・・わたしもわかんないんだもん・・」
少しだけ濡れた唇を指でなぞりながら薫はそう言った。
「でも、わたしも剣心と同じ」
「拙者と?」
「わたしも、気づいたら剣心を見る度、好きだなぁって思ってたもの」
はにかんだように微笑むその笑顔は恋をする少女のものだった。
そんな薫に剣心もまた微笑んだ。
「・・明日、ね・・」
薫は甘えるように剣心の肩に体を預けた。
寄りかかってきた薫の頭に剣心もそっと自分の頭を乗せる。

「・・明日、でござるな」
膝におかれた剣心の手に薫は手を重ね、呟いた。
「弥彦も明日で15歳か・・」
「はやいものでござるな」
「明日からまた、新しい日々が始るね」
「あぁ・・」
剣心はふいに脇に立てかけてある愛刀に目を移した。
それは太陽の光に照らされて、きらきらと反射している。
「これからまた忙しくなるでござるよ。
拙者も薫殿も、まだまだ頑張らなければ」
そっと、剣心の手が薫の腹に触れた。
「これからさらに、騒がしくなるでござるからな」



恋をした瞬間はいつだったか
そんなの、思い出せないほど時が経ってしまったけれど
あの時感じた情熱は
今も自分の中で生きている
どんなに年をとろうと
どんなに変化が訪れようと
飽くことなく
変わることなく
いつまでもいつまでも


君に恋しているよ・・


ふと、目を閉じた
焼きついた、君の笑顔が見えた


(終)






テーマを決めて書いたのですが頭ではわかっていてもいざ言葉にすると微妙に違うことに気づいたので、
「なんとなく」伝わってもらえればいいなと思います。
剣心がいつ薫に恋をしたのか
「あ、好きなんだ」と気づくというより、
「好きだな・・」と気づいたら思うようになっていたんじゃないかなぁ?
なんていう考えからこのお話しが浮かびました。

タイトルはわたしが今回サイトをつくるにあたり
とってもお世話になったえりさまに頼んで付けてもらいました。
えりちゃんありがとー!











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