ぐびっぐびっぐびっぐびっ・・・・


「・・・・・・・・・・。」


喉が波打つように動く様子を左之助と弥彦は目を見開くようにして見つめていた。


久々の男だけの宴会ということで乾杯でもしようかと酒の入ったお猪口をかかげたところだったのだ。
しかし目の前にいる赤毛の男は目もくれず徳利にそのまま口を付けると一気にそれを喉に流し込んでしまった。


「お、おい剣心・・最初からそれじゃぁ・・」


くい、と手で口元を拭うと剣心は青くなった二人にいつもの笑みを見せた。


「たまにはいいでござろう」


そう言って、休む間もなく次の徳利に手を伸ばす。


「・・・・・ぶっ倒れるぞ」


変な冷や汗が二人の額を伝った。







―彼の本音―






気がつけばあたり一面には空になった徳利やら酒瓶やらつまみやらが転がっていた。
いつものように早々に倒れた弥彦は顔から首まで真っ赤にして眠っている。
自分のペースで飲んでいた左之助もさすがにほろ酔い状態だ。

しかしこの日一番酒を煽っている剣心だけは表情一つ変えずひたすら酒瓶を空にし続けていた。


「おまえ・・笊とかの領域じゃねぇな・・」


いつもは世話焼き役で酒も付き合い程度含むだけの剣心だが、
今夜の彼はすでに尋常でない程の量を飲んでいる。
酒には強い男だと思っていたが、これはさすがに強すぎではないだろうか。


「左之ももっと飲むでござるよ。
今日は拙者に付き合ってくれるのでござろう?」


そう言って無表情のまま左之助のお猪口に酒を注ぐ。
その様子を左之助はまいったとばかりに見つめていた。



夕方。
いつものように左之助が神谷道場を訪れてみると、そこには珍しく不機嫌な剣心がいた。
感情を隠すのが上手なこの男。
なかなかその中身を読み取るのは難しいが、長く付き合っていれば少しずつその微妙な変化がわかってくるものだ。

いつもの笑顔を浮かべているくせにどこか上の空で。
放っておくと沈んだように一人考え込んでいる。
話かけても気のない返事ばかりだ。


はは〜ん・・なるほど・・


この家のもう一人の住人である薫は今日は留守にしていて夜遅くまで帰ってこないという。
さしずめ痴話げんかの一つでもしたのだろう。
この男がこうやって表情に色を出すようになったのは他の誰でもない神谷薫と恋仲になってからだ。
まだまだ始ったばかりの二人。
いろいろ事情というものがあるのだろう。


それを察した左之助は弥彦も巻き込み、剣心を慰めるついで話しでも聞いてやろうと酒盛りに誘ったのだ。
しかし当の本人は無口を保ったままひたすら酒を煽り続けるだけ。
飲めば飲むほど無表情になっていく剣心を左之助は呆れ半分恐ろしいとさえ感じる。


「おいおいおい・・いい加減ぶっ倒れるぞ」
「酔っているように見えるでござるか」
「いや全然。だからこそ怖えんだよ」


時刻は夜8時過ぎ。
薫が帰ってくれば道場の明かりに気がついて真っ先にやってくるはずだ。



「・・嬢ちゃん遅いな・・」


その言葉に剣心が反応した。


「・・今夜は帰ってこないかもしれないでござるよ」

やけに低い声。

「あ?そうなのか?どこに行ってるんだ?」
「・・新しくできた相田道場の挨拶に行っているのでござる」
「なんだ・・だったら別にそんな苛々する必要ねぇじゃなねぇか」
「・・・・・・・・苛々などしてないでござるが」
「嘘つけ。だったらもう少しうまくつくり笑いしろよ」
「・・・・・・・。」

左之助の言葉が気に食わなかったのか、剣心は新しい酒瓶に手を伸ばした。
それをすかさず左之助が取り上げる。


「おっと、だめだぜごまかしちゃ。
話聞いてやっから、飲むのはそれからだ」
「話すことなどないでござる」
「ものすげぇ話したいって顔してるぜ」
「・・・・・・・・。」


はぁ、と息をついて剣心は左之助から顔を逸らした。


「・・・・・・・・・・・・・川井道場の師範、俊太郎殿を知っているでござろう」
「あ?あぁ・・嬢ちゃんがよく世話んなってるとこのだろ」
「・・・・・・・・・・・・・一緒に、行ってるのでござるよ」
「は?」
「だから、薫殿は俊太郎殿と出かけたのでござる」


ぶすっとした声で剣心が言った。


「おお・・なるほど・・」
「今夜は開設祝いで盛大な宴会が行われるらしい」
「だから遅くなるのか」
「相田道場はここから少し遠い故場合によっては俊太郎殿と一緒に泊まってくると言っていたでござる」
「・・おいおい。
それでおめぇはなんて言ったんだ?」
「何をって・・ただ、いってらっしゃいと」
「あ〜〜〜〜〜〜〜だめだな、そりゃ。だめだ」


左之助はばんばんっと自分の膝を叩いて言い放った。


「・・・・だめって、何がでござる」
「なんかなかったのかよ。
宴会には出るなとか、自分も一緒に行くとかよ」
「そんなこと・・」
「言えないってか?」
「・・・・師範代である薫殿にとっては重要な仕事の一つでござる」
「だったらなんでそんなへこんでるんだよ。
しっかりちゃっかり妬いてるんじゃねぇかよ。
嫌だったんだろ?その俊太郎とかいう男と出かけたのが」
「・・・・・・・・・・・・。」
「おまけに泊まってくるとなっちゃ酒も飲みたくなるわな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「嬢ちゃんだって、剣心が一言なんか言えば考え直したかもしれねぇのによ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「おいおい。酒の次は黙りこくるってか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・余計なお世話でござる」
「嬢ちゃんもショックだったんじゃねぇか。
そんな軽々と他の男に自分をまかせられて」
「そんなつもりは・・」
「そう思われても仕方ねぇな」
「・・・・・・・・・・・・。」


剣心は相変わらずむすっとした表情のまま左之助に手を差し出した。


「なんだよ」
「・・・酒を」
「おまえまだ飲むのかよ。
万が一嬢ちゃがん帰ってきた時にべろべろに酔っ払ってたら余計事が悪化するんじゃねぇか」
「・・・・・・・別に・・」
「かーーーっ。
情けねぇなぁ〜〜〜」
「・・左之にはわからないでござるよ」
「何が」
「・・・・・・・・・・・・。」





「いってらっしゃい」と


いつも以上に人の良い笑顔でそう言った


彼女が自分以外の男にさらわれていくのを黙って見送って
彼女のどこか引き止めて欲しいような様子に気づかないふりをして


ひたすら笑顔で
ひたすら優しい声で
見送った


自分は気にしていない
仕方のないことだから
神谷道場の師範代としてその役目を果たしてほしいと


まわりから見れば一人前の余裕のある男に見られるかもしれない
けれど本当はどうしようもない程子供じみていて
情けないことこの上ない


新しい出稽古先ができて
彼女に言い寄る門下生という名の男たちがまた増えるのか


道場に辿り着くまでの間二人は一体どんな会話をしているのか
笑っているのか
一瞬でも自分のことを忘れて
あの笑顔を他の男に見せているのかと


泊まるだなんてもっての他
考えただけで心配でしょうがないのに
「遠いなら仕方ない」と平然と言った自分
そんな風に言ったもんだから迎えにも行けない

・・・・・場所がわからない


今日一日頭の中はそんなことでいっぱいだった
そのくせ何も言えないし言わない
ただただ、酔えない美味くもない酒を喉に流し込むだけ


そんな自分に剣心はほとほと呆れ疲れ果てていた


「・・・・・・・・・わからないのでござる・・・」


ぽつりと、剣心が呟いた。


「あ?」


横で大の字になって潰れている弥彦にちょっかいを出しながら左之助が聞き返した。


「・・・どこまで言いたいことを言っていいのか・・・・・」


壁に寄りかかり、うな垂れるよう額に手を当てる。


「・・・どこまで許してくれるのか・・わからないんでござるよ・・・・・」

傍に転がった空の徳利を拾い上げ、かすかに残った雫を求めて口を開けた。


男女の駆け引きなんて知らない
どこまでが甘えで
どこまでが嫉妬で
どこまでが我がままなのかわからない


嫌われたくない

それだけだった。


優しい剣心
穏やかな剣心

彼女の中から、そんな自分を消したくない

ただ、それだけだった。



「・・・・・・・・・・・まぁ、なんだ・・」


ぽりぽりと左之助が頭をかいて


「おまえは人一倍そうゆうもんに関しちゃ不器用そうだからよ。
あんま無理な注文する気はねぇが・・」



そう言うと左之助は手に持っていた酒瓶を剣心に向かって投げつけた。

ぱしっと乾いた音がして

剣心が片手でそれを受け取る。


「酒の勢いにまかせて、たまには本音の一つや二つ吐いてみてもいいんじゃねぇか?」


半分程入った酒瓶をかざし

彼独特の笑みを浮かべながら左之助は乾杯、と囁いた。










「なにこれ・・・」


夜の10時過ぎ。
道場の様子がおかしいことに気がついた薫が来てみると
そこには散々散らかした跡と男三人が床に転がっていた。


「信じらんない・・
人のいない間に好き勝手やってくれちゃって・・」


床には酒が零れ
食い散らかしたつまみが飛び散り
とても三人で飲んだとは思えない程の数の酒瓶がごろごろと転がっている。



「ぐぇっ」

怒りまかせに弥彦、左之助と腹を踏み潰し、みしっみしっと床を鳴らしながら
壁に背中を預けて眠る剣心の前に仁王立ちに立った。


「・・・・・・・・・。」



どごぉっ



容赦なく腹に蹴りを入れると、剣心は小さな呻き声と共にずるずると床に倒れ込んだ。


「ふんっ」


眠ったままもがき苦しむ剣心を鼻で笑い、着物の裾をたくし上げる。


「ったく。こっちはどんなに勧められても一滴だって飲まなかったっていうのに」


しゃがみ込み、床に散乱した酒瓶や徳利を拾い上げる。


「こんな遅い時間わざわざ帰ってきたっていうのに」


あちこちに散らばるつまみを手でかき集める。


「なんにも言わないけど心配してるに違いないって密かに期待してたのに」


道場の掃除用の雑巾で酒の零れた場所をふき取る。


「それなのに・・なんでわたしがこいつらの後片付けをしなくちゃいけないのよ!!!」


鬼のような顔でぶつぶつと文句を言いながらも手を休めることはなかった。







ぴく、と剣心の瞼が動いて。
ぼやけた視界に見慣れた後ろ姿が映った。



「・・・・・・・・・・・・・・・・かおるどの・・。」

その声を聞いて薫がぶっきらぼうに振り向く。

「・・・ずいぶん楽しんだみたいね」

それだけ言うとつんと顔を背け再び手を動かして床を拭き出した。


「!」


後ろからのしかかってきた重みに薫の手が止まる。


「・・ちょっと」
「・・・・・・・・・。」
「重いんだけど」

剣心がすがりつくように薫を抱きしめていた。


「お酒臭いし暑いし、どいてちょうだい」
「・・・・・・・・。」
「ねぇ、酔ってるならそこで大人しく寝ててよ!
片付けできないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・泊まらなかったのでござるか」
「泊まろうが泊まらないがわたしの勝手でしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・おかえり・・・・」
「・・・・・。」


はぁ、とため息をついて。
薫は雑巾を置くとその場に座り込んだ。

自分の肩に顔を埋めたままの剣心の腕に触れる。
顔は見えない。
きっと何を言っても今は顔を上げてはくれないだろう。


「・・・ただいま、剣心」


その言葉を聞いて剣心はよりきつく薫を抱きしめた。


「ちょっと、苦しいよ・・」
「・・・・・・・。」
「・・・・全く・・素直じゃないんだから・・・」


全てお見通しよ、と言われているようだった。


そんな風に自分を見透かされて
格好悪い、恥ずかしいことだと思っていた。

だからあんな風に冷静を装ったというのに
恥ずかしいどころか
逆に、嬉しいと思うとは


これではもっともっと本音を言いたくなる


「・・・酔わなかったのでござるな」
「お言葉ですけど、一口だって飲んでません」
「本当に・・?」
「・・・・・・・ひ、一口だけよ・・」
「・・・・・・・。」
「こんだけ飲んだ剣心に文句を言われる筋合いはないと思うけど」
「・・・・・・・・・・・俊太郎殿に送ってもらったんでござるか・・?」
「こんな夜中に一人で帰ってこいとでもいうの?」
「・・・・・・・・・・。」
「今日はまたずいぶんと無口ね、剣心」


くすくす、と薫の笑い声が耳に心地よく響く。


「おまけに甘えたさん」


離れるどころかさらに力を入れてくる剣心に薫は困ったように言った。


「・・これから相田道場にはお世話になるから・・」
「・・・・・・・・・・・。」
「今度剣心に紹介するね」
「・・・・・・・・・・・。」
「一回で道覚えて、ちゃんと迎えに着てよね」
「・・・・・・・・・・・承知したでざる。」


薫の肩に顔を押し付けて剣心はこっそりと嬉しそうに口元を緩めた。



「・・・・・眠い・・・」


どこか気の抜けた声で剣心がぼぞりと言った。


「酔ったの・・?」
「・・・今さら・・酔いがまわってきたようござる・・
ちと・・飲み過ぎた・・・」
「剣心・・?」


すぅー・・・

小さな寝息が聞こえてきた。


「・・・・もう、このまま寝ちゃうなんて・・」


抱きしめられたままの薫は仕方なく片付けを中断し、剣心に身体を預けるようにして寄りかかった。


「おやすみ、剣心」


明日は二人とも身体ががちがちに痛いだろう、そんなことを思いながら薫もそっと瞼を閉じた。








(終)




酔った剣心が書きたかったんです。

激しく暴走するかぶっきらぼうになるかのどちらかかなと。

いつも薫殿が甘えてるのでたまには剣さんで。

そして左之助との絡みがやっぱり好き。

それでさらに情けない立場においやられる剣心もやっぱり好き。


ええと、こちらに別編なんて用意してみたり。

今回肝っ玉薫殿でしたが、「いつものように彼女が乙女全開だったら」を目指して書いてみました。

いつも以上に情けない剣心がお相手なのでただのべろいくさいだけな内容になっています。

それでもいいという方はどぞ。→










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