―愛しき日々―






もうすぐ明治11年が終わる。
今年、俺は剣心と薫と。
"家族"と一緒に新しい年を越し、迎える。
体に染みるような寒さも今年はつらくない。
神谷道場(ここ)はいつだって俺にとって暖かい場所だから。
ふと、去年の今頃はどう過ごしていたんだろうかとか、
もしあの時剣心や薫に出会っていなかったら俺は今どこで、どうやって生きているのだろうか、とか。
気づいたらそんなことを他人事のように考えるようになっていた。


たくさんの戦いがあった。
苦痛という言葉ではあらわせない程の痛みを知り、死を感じた死闘もあった。
恐怖と、不安と、自分自身と戦った。
怖いと思った。
死にたくないと思った。
勝ちたいと、思った。
どんなにつらくてもどんなに苦しくても、
どんな絶望を目の前にしても、負けてはいけないと思った。
震える体を持ち前の負けん気で叱咤し、
くじけそうになる意識の中で守るべきものの姿を何度も見た。

俺は、いつも必死で

必死で

必死に

這いつくばって戦ってきた。
だからこそこんな穏やかな「今」があるんだと思う。
あの時もし諦めることを一瞬でも選んでしまったら
俺は今、ここにはいないだろう。


戦いの日々がなくなった「今」は退屈なものだった。
それでも毎日耐えることのない笑い声は「平和」だと、「幸せ」だということを教えてくれる。
剣心と薫も同じ気持ちなのか、一日一日と過ぎてゆくなに気ない日々を噛み締めているようだった。


雪代縁との運命の戦いを終えてからはや三月、師走の終わる頃。
あれからは特に大きな事件もなく、俺たちは変わらぬ毎日を過ごしていた。
この厳しい冬が終わって、桜が咲き始め春を迎える頃
俺はここ、神谷道場を出て左之助が譲ってくれた長屋へと移る。
本当は左之助や恵が旅立ったのと同時に俺も動きたかったけど、薫の強い反対で春になったんだ。
薫の奴相当俺が引っ越すことに納得いかないみたいでさ。
散々怒鳴り散らかして、終いにはすんすん泣き出した。
っとに、どっちがガキなんだか。
別にここが嫌なわけじゃない。
ここは俺の「家」であり、「居場所」だから。
だからこそどこへ行ったって俺は必ずここに帰ってくるし、
長屋に移っても毎日稽古だってするし剣心の飯も食いに来る。
ただ、俺も一歩また進みたかったんだ。
あんなにも数々の大きな戦いを共に乗り越えてきた仲間はその「型」に留まらず、
決して消えない絆だけ残してそれぞれがそれぞれの道を歩き出した。


剣心は「剣と心を賭して戦いの人生を完遂する」ため新たな生き方を見出した。
恵は医学という道に専念し、苦しんでる人々を救うため会津へと帰郷した。
そして左之助は日本だけじゃ飽き足らず宿命のように一人大海原へと旅立った―。
なんて格好いいんだと思った。
だから、俺もまた一歩踏み出したかったんだ。
俺も前へ前へ、次へ次へと歩んで行きたかったんだ。
長屋に移ることがその一歩かどうかはわからないけどとにかく何か、したかった。


ま、ブスがうるさいから春までは我慢してやるさ。
俺だって寒い冬を薫たちと一緒に過ごせるのは嬉しいんだ。
なによりあんな必死になって反対してくれる薫の気持ちが本当はすごく嬉しかった。
そんなこと死んでも口には出すつもりはないけどな。


そんなわけで俺の毎日はもっぱら稽古に明け暮れ、赤べこで働くのが日常だった。
剣術以外やりたいことなんてないし、剣術以外夢中になれるものもない。
赤べこで働くのは長屋に移った時最低限は一人でやっていけるよう、
薫に余計な負担や心配をかけないためだ。

それからもう一つ。
俺にはどうしても金が必要なんだ。
どうしても、どうしても欲しいものがある。
どうしても、譲れない夢がある。
はやくはやくって、焦ったりもしたけど。
決めたんだ。
今は急がない。
そんな簡単に追いつくわけないからな。
これは憧れてやまないあの男に追いつくための俺なりの第一歩なんだ。
まぁあれを手に入れるためには相当金がいるんだろうからな。
そん時までは誰にも秘密だ、秘密。


薫は薫で、相変わらずブスだしすぐ怒鳴るし、飯も全くといっていい程成長しねぇ。
剣術には今まで以上に力を入れて本格的に道場の再開に向けて動き出したみたいだ。
出稽古にも俺との稽古にも気合が入っている。
こいつも剣術ばかだからな。
それ以外やりたいことないんだろ。
ったく、ちょっとは色気を出そうとか女を磨こうとか思わないのかよ。


剣心も相変わらず薫にこき使われまくって毎日いそいそと洗濯に買い物に勤しんでる。
戦う時の剣客の顔はどこへやら、最近は常にへらっとしておろっとしたかんじだ。
ま、俺との稽古をかかさず相手してくれるからいいけどさ。


あぁだけどこの二人、なんだかんだいって少し変わったんだよな。
驚いたことにあいつら最近、けんかするようになったんだ。
理由はよくわからないけど薫が一方的に腹を立てて部屋に閉じこもり、
それを剣心がなだめに迎えに行くってパターンが多い。
それだけじゃないぜ。
こないだなんて、剣心まで怒ってたんだ。
眉間に皺寄せてめちゃくちゃ機嫌悪そうでさ、さすが元抜刀斎つーか
怖くて近づくことさえできなかった。
だけど、剣心がそんな風に日常の中で怒ったり機嫌を悪くしたりすることなんて
今まで一度もなかった気がする。
きっと、この平坦な生活の中で一番変わったのは剣心だ。
仲直りした後の剣心の顔がこれまた気持悪いくらいにやけててさ。
なんてゆーんだ・・愛しそうに見るんだこれが!
見てるこっちが照れるってゆうか、とにかく恋する目なんだよ。
へらへら幸せそうな顔しやがってよ。
まるで視線だけで想いを伝えてるような、そんなかんじなんだ。
あーなんで俺が照れなきゃいけないんだよ!


まぁさ、それ以外は全く変わらないんだけど。
俺の見たところ、それ以外あいつら何も進展してないね。
同じ家に住んでて、想いを通じ合わせてからもう三月も経つんだぞ?
おまえらそれでいいのかよ、って思わず言ってやりたくなるぜ。
少しは俺の存在を邪魔に思えばいいのに、二人共のほほんとしやがって。


で、でもよ。
ほんとのとこどうなんだ?
俺の知らないとこでせ、接吻とかしてんのか?
あの二人が接吻!?
想像できねぇよぉおおお!!
でもよ、でもよ。
二人は一応恋人同士なんだ。
・・ありえるよなぁ?
それどころか、そ、そそそれ以上のことだって・・!!
いや、それはない!
ぜ〜〜〜ったい、ない!!
一緒に暮らして、薫は俺と同じ部屋で寝てるんだ。
もしそうなら気づかないわけがない。
ま、あの二人じゃせいぜい手を繋ぐのが精一杯ってとこか。
剣心奥手そうだしなぁ・・



―そんなことを考えてる俺は、やっぱりまだまだガキだった



それは、ある日の夜のこと。
いつものように三人で夕飯を済ませ、居間で茶を啜りながら他愛無い会話をしていた。
丸一日出稽古で疲れた俺ははやくあったかい布団に入りたくて早々に床につくことにした。
薫が俺につられるように自分も寝ると言ったけど、
剣心がそれを引き止めたのを俺はさほど気にせずさっさと部屋を後にした。


冷えた布団をはやく自分の体温で暖めたい。
いつもなら一度布団に入ればすぐ寝れるのに、
ふと用を足したくなって俺は渋々厠へ向かうことにした。
廊下を歩く度つま先が冷えていく心地。
ぶるりと肩が震えた。
半纏を羽織ってくればよかったななんて思いながら居間を通り過ぎようとした時、
俺はなぜか聞こえてきた二人の会話に耳を傾けるよう立ち止まった。



「薫殿、まだ寝るにははやいのではござらんか?」
―そうか?いつもこの時間には床につく気がするけど
「だって、今日出稽古で疲れたんだもん・・」
―ほんとだぜ。今日のは疲れた。
「だけど拙者は、もう少し薫殿と一緒にいたい」
―なんだ?意外に積極的だな、剣心の奴。
「・・やっぱ、寝る」
―おいおい薫〜、おまえがそんなんだからいつまで経っても・・
「薫殿」
―お?呼び止めるのか?剣心のことだからそのまま諦めると思ったのに。
「拙者と二人でいるのが嫌でござるか?」
―そうだ!剣心もっと言ってやれ。
「だって・・剣心すぐ変なことしてくるから・・」
―変なこと?
「変なこととは・・こうゆうことでござるか?」
「んっ・・」
―なんだ??
「ちょっ・・ほら!すぐそうやって・・」
「嫌?」
「嫌とかじゃなくてっ・・やんっ」
―お、おいちょっと待て
「薫殿は拙者に触れたいと思わないのでござるか?」
「そりゃ、思うけど・・」
―これって・・
「で、でも最近毎日・・だし・・」
「昨日はしてないでござるよ。
薫殿が寝てしまったから」
―まさか・・
「やっ・・だめ!弥彦だってまだ起きてるかもしれないしっ・・」
「聞こえぬよ」
「本当に・・はっ・・今日は疲れてるんだからっ・・」
「我慢できない」
「我慢できないんじゃなくて、しないんでしょっ」
「そうとも言うでござるな」
「やぁんっ・・ぁっ・・やめっ・・」
「そんなに嫌?」
「こ、こんなとこでっ・・」
「部屋へ行くでござるか?」
「そうゆう意味じゃなくて・・!」
「ここでしてもいいの?」
「ばっ・・そんなとこ触んなっ・・あんっ・・」
「ん・・かおる・・」
「も・・っ・・嫌だって言ったのに・・あ・・」







―――――――。






思考停止。
とりあえず、まわれ右。
部屋に戻ろう、うん。






・・なんだ?なんだったんだ?
さっきのはなんだ?
薫の奴、あんな声出すのか?
てかなんだあの剣心の猫みたいな声わ!
くそ気持悪いぞ!!!
しかもあいつら俺が傍にいること気づいてなかった・・?
あの剣心が??

ってゆーかよゆーかよ!
一体いつからだ!?
いつからあんな仲になってたんだ?
ま、毎日してるとかなんとか言ってなかったか?
ってかあいつら部屋でやれよなーーー!!!


ほんといつの間に・・
なんで俺、気づかなかったんだ??


沸騰した脳がようやく冷静を取り戻した。
耳にちらつく二つの甘い声。
それは確かに俺の知る二人なのに、全く別のものに聞こえた。

これが、男と女なのか。
俺は、本能的にそう悟った。
かつて幕末を恐怖の色に染めた最強の剣客と、男顔負けに竹刀を振り回す俺の師匠は
想いを通わせたことでただの男と女になりさがった。


俺の読みは、相当甘かったってことだ。


「・・ま、よかったんじゃねぇの」

まいったぜ。
こりゃ春が来るのを待ってなんかいられない。
一刻もはやくお邪魔虫は退散してやった方が良さそうだ。
それで万が一薫がまた反対してきたら、こう言ってやるんだ。
「おめぇの夜の声がうるさくて眠れないんだよ!」ってな。
こんくらい言ったってバチはあたらないだろ。


なっ、薫。


一人納得するように頷くと、俺は相変わらず冷えたままの布団に潜った。
頭まで布団をかぶって何かから自分を守るように小さく丸くなる。
なんだか、複雑な気分だ。


知らなかった。
一人きりで眠る空間がこんなに静かなものだったとは。
これからは、聞き慣れた寝息を隣で聞くこともないのだろう。
寝ぼけながら俺の布団に入ってこられることもないんだ。


ほんの少しだけ、寂しいと思った。
もしかしたら俺はその晩、夢の中で一人泣いていたのかもしれない。
無償に泣きたいと思ったから。
だけど泣くのは悔しいから。
夢で泣けば、誰も気づかない。
俺も、気づかずに済む。



もうすぐ、明治12年がやってくる。







(終)


弥彦視点で書いてみました。
ちょっと背伸びしすぎな奴ですが、
知ったかしながらもこうゆうところで動揺してもらいたい。

あの時剣心が気づいてたかはわたしにもわかりません。
ど〜なんでしょうねぇ?剣さん
「おろぉ〜」
ごまかされてしまいました(笑)

弥彦、大好きです。
あの生意気さが最高。
弟にしたい
けんか上等びしばししごいてやる!!














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