「一緒に行こうか」
その言葉に邪な期待が含まれていなかったと言えば、
間違いなく俺は大嘘つき者になるだろう。
そんな仏のような男にはなれないし、なるつもりもない。
少なくとも、彼女の前では−
穏やかな午後。
真っ青な空に、くっきりとした雲が流れる。
穏やかな風が頬をかすめる中、
神谷家の面々は縁側で昼飯を食していた。
最近天気がいいと居間でなくここで飯をとることが多くなった。
良い季節である。
「おい薫!続きやろうぜ」
「ちょっと待ってよ。お茶くらい飲ませて!」
弥彦に急かされて、薫は口の中のものを飲み込むと慌てて茶を喉に流し込んだ。
「あつっ、」
「薫殿、熱いからゆっくり飲むでござるよ。」
「火傷して口がタラコになるぜ」
「剣心、お昼ご馳走様。
左之助、馬鹿ばっか言ってないでちゃんと片付け手伝いなさいよね!」
薫はそれだけ言うと、脇に立てかけてあった竹刀を手に取った。
「よし、頑張るぞー!」
大きく伸びをすると薫は
すでに先に戻っていった弥彦を追いかけるようにして
道場へ走っていった。
午後の稽古の始まりである。
縁側に残された剣心と左之助はというと、食後のゆったりとした時間を楽しんでいた。
「食ってさっそく稽古とは、若いなあいつら」
「お主も十分若いでござろう」
急須に残った茶を湯のみに注ぎながら剣心が言った。
縁側にだらしなく転がる左之助の湯のみにも茶を注いでやる。
「さて。拙者もこれを飲んだら掃除でもするでござるかな」
「無理すると腰を痛めるぜ」
「失敬な。有り余った体力を持て余してるお主に比べたら、
心や身体は拙者の方がずっと若いでござるよ。」
「おぅ。思春期真っ盛りの少年並みだな、おまえのは」
意味深な笑いを含めてそう言う左之助に、剣心はなんとなく嫌な予感がした。
こうゆう表情をする時の左之助は、だいたいろくでもないことを口にするのだ。
「で、いつ行くんだ?」
左之助はさっそくとばかりに身を乗り出すようにして剣心に問いかけてきた。
−思春期真っ盛りはお前だ。
目元を輝かせて笑みを浮かべる左之助に
剣心は心の中でそう呟いた。
「なんのことでござる?」
わかってはいたが、とりあえずは知らないフリをしてみた。
「温泉だよ。行くんだろ?嬢ちゃんと」
「そういえばあの券はもとはお主のものだったそうでござるな。
本当に拙者たちが使ってもいいのでござるか?」
「いいんだよ。俺が欲しかったのは酒だ酒。
ってことはおい、やっぱ二人で行くのか」
左之助がそうかそうかと嬉しそうに剣心の肩を叩いた。
全く、人の話でここまで盛り上がれるのもこの男くらいだろう。
「楽しみだなおい」
「そうでござるな。
温泉なんてずいぶん長く入ってないでござるよ」
「混浴だといいな」
「ぶっ」
「んでもって一つの蒲団で寝るってか。いーねぇ!若いね!」
「・・・左之、何か勘違いしてるのではござらんか。」
「わかってるよ。どーせおまえらのことだから大して何も進んでないんだろ?
この機会に頑張ってこいよ!男だろ?」
−言われずとも
「んで、後でちゃんと聞かせろよな」
「お主は本当にその手の話が好きでござるなぁ」
「反応がおもしろいからな。おまえも嬢ちゃんも」
呆れた様に言う剣心に対して左之助はどこか得意気に言った。
「ま、おめぇの場合詮索してもあんまボロ出ないからな。
せいぜい楽しんでこいや。」
「はは・・・そうでござるな」
−その言葉に邪な気持ちが含まれていたのかと聞かれれば
俺は迷うことなく、首を縦に振っただろう。
「思う存分、楽しんでくるでござるよ」
−差し出された、一枚の券。
行き先は伊豆。
一緒に行きたいと、頬を赤く染めて言ってきた彼女。
そんな彼女を見て俺が何を思ったのか。
先に言っておこう。
今回ばかりは、我慢するつもりはないと。
→2
−温泉シリーズ、剣心視点です。
左之助との会話でのほほんしながらも心の中でしっかり黒い緋村さん。
さて、今回も先を考えないで始めちゃいました。
いっぱい悩んでね、剣さん(笑)