隠し事がうまい俺と
隠し事ができない君



「おまたせ」
         。」


先に準備を済ませた剣心は、玄関の外で弥彦と共に薫を待っていた。
運良く天気に恵まれ、雨の気配は微塵もない。
これなら綺麗な伊豆の海が見れることだろう。

なかなか出てこない薫を呼びに行こうかと思った矢先、玄関が音を立てて開いた。


「忘れ物、ない?」


薄く塗られた白粉と、整った唇に引かれた淡い桃色の紅。
いつもより高く結い上げられた長い髪。
落ち着いた色彩の着物と帯。


「ほんっとに女は時間かかるよな。」
「しょうがないでしょ。
あんたみたいに顔洗って終わり、じゃ済まないのよ」


弥彦との会話を聞けばいつもの「お転婆娘」なのだが、
今日の彼女の格好は「大人っぽい」という言葉がぴったりだった。


そして、その姿に見事心を奪われた男が一人。
剣心は言葉を失っていた。
口を一文字に閉じ、目を見開いたまま薫を凝視している。
無意識に強く握られた拳は、後で見たら赤くなっていた。


「剣心?」


名前を呼ばれて、剣心は我を取り戻した。
一瞬、意識がどこかへ逝っていたらしい。


「い、行こうでござる。
遅れるでござるよ、馬車に、乗るのが。」


あ、今の言葉使い絶対変だった。
絶対変だった。


そんなことを思いながら、剣心は薫から荷物を受け取った。


「弥彦、後は頼んだでござるよ」


それだけ言うと剣心は動揺を隠すようにさっさと歩き出した。
しかし、薫が付いてくる様子がない。
伺うように振り返ると、薫はそこに立ち尽くしたままじっと剣心を見つめていた。
見つめている、というよりは睨んでいるといった方が正しいのかもしれない。


「・・・・・どうしたのでござるか?」
「・・・・・ううん、行きましょ」


薫は小さく頭を振ると、なんでもないとでもいうように笑って見せた。


しくった。
しくったしくったしくった。


さっきまで空っぽだった剣心の頭が突然そんな言葉で埋め尽くされた。
その通りだとでも言うように、弥彦が気まづそうに頭をかいた。



「ねぇ剣心。どっちのりぼんがいいかな」
「伊豆は涼しいのかしら。羽織いるかな」
「歩くのなら、新しい下駄はやめた方がいいよね。でもちょっとなら大丈夫かな」


ここ最近、薫の口から出るのは温泉のことばかりだった。
三日以上前から着ていく着物やら小物やらに頭を抱え、弥彦に「はしゃぎすぎだ」と言われていた。
薫がどれだけ今日を楽しみにしていたかは手にとるように見えていた。
剣心はというと、そんな薫をしっかりと堪能しながらも、見て見ぬふりをしていた。


「あんまり楽しみにしてない?」


不安気な顔で、そう尋ねられたこともあった。


「そんなことないでござるよ」


涼しい顔で剣心はそう答えていた。


薫が知らないだけのこと。
薫が気づかないだけのこと。
剣心が、どれだけこの日を楽しみにしていたのかを。


隠し事がうまい俺と
隠し事ができない君

ただ、それだけの事だ。


便利なものに見えて、実はそうでもなかった。
あまりにも隠す事に慣れすぎて、今だって本当に言いたかった事が言えなかったのだ。
どうして言えない。
喉まで出かけていたのに、どうして止めた。
たったひと言じゃないか。


たったひと言、「綺麗」だと。


やっぱり言うか?言っておくか?
今逃したら言う機会が・・・


「それじゃあ弥彦、行ってくるから」


逃した。


「戸締りしっかりね」
「わかったから、はやく行け。
土産忘れんなよ」
「はいはい。剣心、行きましょ」
「剣心、薫がなんか仕出かさないように見張っとけよ」
「どうゆう意味よそれ!」
「・・・・・承知したでござる。」


情けない。


薫の後に続くように、剣心は肩を落としたまま歩き出した。


情けないったらない。


「晴れて良かったね!」


弥彦に手を振りながら 薫が笑顔でそう言った。
太陽に負けないくらい、眩しい笑顔だ。
いつも思う。
この笑顔は、ある意味最強だ。


「そうでござるな」


しっかりしろ、緋村剣心。
まだ始まったばかりではないか。


気を取り直しすように、剣心も微笑んだ。
そう、まだまだこれからが勝負だ。


「よーし、しゅっぱーつ!」


凛とした声が真っ青な空に届き、二人の旅が始まった。
先は、長い。






→3




はやくもへたれ緋村さん。先は長いよ長い。

言葉べたなのもあるけど、彼はタイミングが掴めない男なのだと思う。

心の中ではイロイロ考えてそうなのに。

薫殿の着飾った姿には、どうしようもないくらい動揺してもらいたい。







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