思っていたよりもずっと小さくて柔らかい手。
君はいつも、その手で剣を握っているのか―



「剣心、少し休んでもいい?」


そう言われて、剣心はすぐに答えられなかった。
ちらりと手元に視線を動かす。
風が吹けば解けてしまいそうな程弱く、遠慮がちに繋がれた二つの手。


離したくないのに―


ついさっき、ようやく手にする事ができたのだ。
右手にある温かいぬくもりを感じながら剣心は思った。

宿までもうそんなに遠くない。
できればこのまま休まずに行きたかった。


「それではあそこで」


しかし、疲れた薫に無理をさせたくもない。
ちょうど休むのに良さそうな岩を脇道に見つけたので
剣心はそこに座るよう薫を促した。


「あー、疲れた」


薫は岩に腰を下ろすと、大きく息を吐いてそう言った。


「剣心も隣に座ったら?」
「いや、拙者は大丈夫でござる」


自然と離れていった薫の手を追うこともできず、
空になった剣心の右手が居心地悪そうに彷徨った。
こうなるとわかっていたから、休みたくなかった。
再び手を取るのが容易いことなら問題はないのだが
この男には、それがなかなか難しい。


「ごめんね。ちょっと休むだけだから」


歩調を合わせながら、剣心は薫の歩く速さがいつもより遅いことに気がついた。
慣れない土地だからだろうか、そんなことを思いながら 薫の足元に目をやった。
見たことのない下駄。歩きにくそうな足取り。
そこで初めて、剣心は薫が新しい下駄を履いてきたことを知ったのだ。
手を繋いで歩くまで考えもしなかった。
慣れない下駄で剣心の足に付いてくるのはさぞ大変だったに違いない。


どうして気づいてやれなかった。


心の声が剣心を叱るように唸った。
薫のことに関しては一際敏感なはずなのに。
彼女の先を歩きながら考えに耽っていたせいだ。
彼女のことを考えていたくせに、当の本人に気をかけることを忘れていたせいだ。


宿に着いてからのこと
夜になってからのこと
寝ることになってからのこと


二人旅を楽しみたいという純粋な気持ちと
呆れる程想像力豊かな邪な期待、そしてそれらを簡単に崩してしまう不安。
それらが剣心の中で葛藤として幾度も繰り返されていた。


そんなことばかり考えているから、一番大事な部分を見落とすんだ。


「薫殿、さっきので怪我などはしていないでござるか?」
「え?あぁ、大丈夫よ。ぶつかっただけだもの」


見知らぬ男に支えられている薫を見た瞬間、剣心は焦りを覚えた。
自分がちゃんと見ていなかったせいなのに、躓いた薫を助けた男に怒りさえ感じた。

その手を離せと。
それは、俺の役目だと。


身勝手だな


我ながら、呆れた。
その勢いで薫に手を差し出した自分のゲンキンさには、もっと呆れた。


「海が綺麗ね・・・」


薫の長い髪が潮風で流れるように舞う。
落ちかけた日の光が化粧をした薫の横顔を美しく照らした。
藍の交ざった大きな瞳が、睫を揺らして瞬きを繰り返す。
遅れ髪が細く白い首筋に絡みつくように揺れていた。



ごく・・・



剣心の喉が音を立てて鳴った。
欲望という名の感情が零れ落ちた音だった。


「ね、剣心。明日海岸に下りてみましょ。」
「・・・・・・・・そうでござるな・・・」


薫の一つ一つのしぐさを、目で追った。
一つ一つの表情を、目に焼き付けた。
いつもこんな風に見つめていた。
薫はそれを、一度でも気づいたことがあるのだろうか。


「さ、そろそろ行きましょう」


満足したのか、薫は大きく伸びをすると脱いでいた下駄を足に引っ掛けた。



「え?」


薫の驚いた様子に反応することなく剣心は待った。
差し出したその手に、薫の手が添えられるまで。


薫は一瞬とまどったように剣心を見てきたが
慌てて巾着を持つ手を変えると 恥ずかしそうに空いた方の手を差し出した。


剣心の手が、再び温かさを取り戻した。


「行こうか」


薫の足を気遣うように歩調を緩めて
二人はゆっくりと歩き出した。


「け、剣心・・・」
「なんでござる?」
「・・・なんでもない」


さっき以上に近づいた肩と肩。
その柔らかさを味わうように握り締め、 小さくできた豆の感触を楽しむように指でこする。
風が吹いても解けない程に強く握られた手に、薫が恥ずかしそうに頬を染めた。
そんな薫を剣心は薄く口元を緩めながら見つめていた。



思ってたよりもずっと小さくて柔らかい手。
君はその手で、俺の心を甘く乱すのか―






→4




へたれがちょっと頑張った。

これがもし、すっかりちゃっかり恋人同士な二人だったとしたら

剣さんはあそこで薫殿を押し倒してたに違いない(ええぇええ)

そして宿の女将さんにするどい突っ込みを入れられるオチ。

「宿まで我慢できなかったんですね(にっこり)」とか?

それかそれか、ちゅーで我慢しといて宿に神速で急ぐ緋村さん。

それを察した女将に邪魔される。

「お食事です」「お蒲団敷きます」「お茶のお変わりいかがですか?」

「肩お揉みしましょ・・・」「もーいいでござるから、二人にしてほしいでござる!」なんてね。

やべ。妄想が違う方向に。

実際に女将に会ったからだ。そーに違いない。








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