「はぁー・・・・気持ちいいでござるー・・・」


思わず口から出たそんなひと言。
疲れた体を芯から温めてくれる白濁の熱湯に、 剣心は気持ち良さそうに目を細めた。


露天風呂にたった一人。
混み合う時間のはずなのに他に客がいないのはラッキーだった。
両手脚を豪快に伸ばして、剣心は久々に大きな風呂を堪能した。
日が落ちてよく見えないが、木でできた柵の向こうには伊豆の海が広がっている。
明日の朝もう一度入ったら絶好の景色が見られるに違いない。
旅館自体も落ち着いた佇まいで、なんとも居心地の良い雰囲気を放っていた。
夕食のもてなしが楽しみである。


なんだかどっと疲れてしまった。
薫の一つ一つのしぐさが気にしなってしまって、まともに伊豆の景色を見ていない。
知らない地に二人きり、それだけでこんなにも気持ちが違うものなのだろうか。
新しい下駄で長時間歩いて、薫も疲れたに違いない。
彼女も今頃こうして風呂を満喫しているのだろう。


「・・・・・はっ。」


ふと、剣心はあることに気がついた。
もしかして、いや、もしかしなくても隣は女湯なのではないだろうか。
まるで境界線のように少し高くつくられた塀。
その向こうから湧き上がる湯気。
耳を澄ませば聞こえてくる水音。
この塀の向こうに女湯があると、五感全てを使って剣心に伝えている。

隣が女湯だとしたら、この塀の向こうに薫がいる可能性がある。
しかも、一糸纏わぬ格好で・・・


「・・・・い、いかんいかん!何を考えてるんだっ」


無意識に息を潜めて薫の気配を探ろうとしている事に気付き、 剣心は乱暴に首を振った。
しかし、意識せずにいられようか。
想像せずに、いられようか。
剣心は温泉に首まで沈め、激しい誘惑と戦った。


薫と過ごす、二人きりの夜。
他に誰もいない、邪魔するものもない、本当に、二人きり。


頬を染めながら手を繋いで隣を歩く薫は
通りすがる男達が目で追わずにはいられない程美しく可愛らしかった。
そんな薫を見て、今まで以上に、今までにないくらい強く何かを期待する自分がいた。


抱きしめたい。
抱きしめて、その唇に口付けたい―
彼女を見つめながら、心の中で何度もそう思った。


ただ、剣心にはわからなかった。
彼女が何を期待して今回の旅に赴いたのか。
着飾って無邪気に笑いかけてくる姿は剣心には誘っているようにしか写らなかった。
しかしこれが男の間違った思考だということも
剣心は薫と過ごしてきた中で嫌という程学んだのだ。


正直言って、余裕などもうほとんどない。
ここにきてから気持ちがかなり高ぶっていた。
抱きしめて、口付けたい。
じゃあそれが叶ったら、次はどうする。
自分はきっとその先を望むのだろう。


手を繋ぐことにさえあんなに頭を悩ませたくせに、
一度箍が外れるともう何があっても止められない。
それを剣心はわかっていた。
だからこそ怖い。
薫に触れようとする自分が、怖い。
彼女が期待する以上に求めてしまった時、拒まれる自分が、それでも抑えられない自分が、怖い。


「・・・・薫殿・・・。」


名前を口にするだけで胸に甘い痛みを与える存在。
日に日に増していく想いが、少しずつ溢れては零れ、広がっていく。
こんな感情、知らなかったのに。
そう、怖い程に今自分は、恋というものをしている―


今回こそと言っていたくせに、最初の勢いはどこへいったのやら。
こうやって決意しては臆病になり、揺らいでは諦め切れずを繰り返し
結局何も進まずにここまできたのだ。
そしてさらに、募る想い。


「・・・・・・出るか。」


ぱんっと両頬を叩いて、剣心は思いに耽っていた自分に気合を入れた。
結局うだうだ考えたって何も始まらない。

湯をかき分けるように勢い良く立ち上ると、 火照った体に心地よい海風を感じた。
少し長く入りすぎたようだ。
いつもは行水並みのはやさなので少しのぼせてしまったらしい。
ちょうど入れ違いに入ってきた老人に会釈して、剣心は風呂場を後にした。


「もう出たのでござろうか・・・」


浴衣に身を包み、脱衣所の垂れ幕を出た。


「ええと、部屋は・・・・・・」


適当に手拭いで髪を乾かしながら 右へ左へ顔を動かして、
剣心は思わず足を止めた。


(・・・やはり、女湯でござったか)


隣の「女」と書かれた赤い垂れ幕を見て、剣心は先ほどの不埒な想像を思い出した。
なんとなく、罪悪感。
覗いたわけではないのになぜか後ろめたい。
これから薫と顔を合わすというのに、これではいけない。
気を引き締めなければ。


「・・・・よし。」


剣心は一人ごちにそう呟くと、薫の待つ部屋へと向かった。




→5






今回はピンクな妄想に耽る助平緋村。

女湯に意味もなくどきどきしちゃう緋村さんとかいいなぁ・・・薫殿が入ってること前提でね。

彼は彼なりに真剣に恋してる、ってのを書きたかったんだけど・・・ピンクい方が目立っちゃいましたね。あはん

てか、いくら剣さんでも風呂場で薫殿の気配を探ることは・・・できるか。奴ならやるか。

ちなみに今さらですがこの旅館の女将にはモデルがいます(笑)

皆大好きあそこのお宿の女将さんです。

女将さん、いつも出張ありがとねーv








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