「薫殿?」


ほんのりとピンク色に染まった頬。
うっすらと濡れた瞳が揺れて。
小さく開いた唇がいつも以上に紅く色づいて見える。


「大丈夫でござるか?酔った?」
「んー・・・へいき・・・」


本人はそう言っているが、とろりとした瞳を今にでも瞼が覆ってしまいそうだった。
卓台に並んだご馳走に目を輝かせ、薫はそれを次々と口に運んでいった。
ちびちびと酒を口にしながら今日のことを楽しそうに話していたが
だんだんと口数が減っていき、夕飯を平らげた頃には薫はほぼ無口になっていた。

話しかけても心ここにあらずな返事が返ってくるだけ。
量としてはそんなに多く飲んではいないのだが、 もともと酒に弱い薫だ。
疲れも手伝ってあっという間に酒がまわってしまったのだろう。


「・・・・・。」
「・・・薫殿・・・?」


酔っているという理由だけで片付けるにはあまりに艶やかしく、色気があった。


どうしてそんな目をする。
どうしてそんな目で、俺を見つめる。


その瞳に捕らわれたように、暫くの間見つめ合っていた。
音のない空間で、自分の心臓の音だけがはっきりとその存在を主張していた。


「けん・・・」
「疲れたでござろう?
明日もはやいから今夜ははやく寝て・・・」


とっさに出たのはそんな言葉だった。
薫から顔を逸らすように立ち上がると、自分のすぐ後ろにあった襖を開けた。
言葉が途中で途切れたのは、その襖の間から現れた光景を目にしたからだ。

薄暗い部屋にぼんやりと浮かんだ二組の蒲団。
きっちりと、隙間なく敷かれている。
隣の部屋が寝室だということは知っていた。
なのにどうしてこんなにも生々しく感じるのだろう。


「え、えぇと、その・・拙者はこっちで寝るでござるから・・」


そう言いながらもそこから目を離すことができなかった。
こんなあからさまに動揺したら、彼女に気づかれてしまう。


「別にいいわよ。
せっかく女将さんが敷いてくれたんだし、このまま寝ましょ。」
「し、しかし・・わっ」
「きゃっ?」


まさか薫が自分のすぐ後ろに来ていたとは思わなくて
剣心は振り向いた瞬間思わず声を上げた。
その声に驚いた薫が条件反射で手に持っていたお猪口を手放すのを
剣心は見逃さなかった。


「あ・・・。」


お猪口が宙を舞ったのはほんの一瞬のこと。
床に落ちることなく、それは剣心の掌で留まった。
薫の手と一緒に。
とっさに伸ばした剣心の手は
同じようにお猪口を取ろうとした薫の手ごと掴み取った。

掌に感じる薫の柔らかくて小さい手。
それは昼間手を繋いだ時感じた温かさと同じなのに
剣心の胸に与える熱はさっきと比べ物にならないくらい熱く激しいものだった。


鼻に香る酒の匂い。
口元をかすめる吐息。
その甘い吐息に誘われるように剣心の目は薫の唇に釘付けだった。
少し視線を下げれば、そこには薫の白くて柔らかそうな胸が
薄い寝巻きの上から滑らかな曲線を描き、その頂上で谷間をつくっている。


「っ・・・・!」


今までにないくらい近い距離で薫の大きな瞳とぶつかった瞬間、
剣心は喉からカッと火が出るような感覚に襲われた。


そしてもう一つ、血液が込み上げてくるようなこの感じ。


これは・・・


―まずい!


「す、すまない」


やっと出たのはそんな心にもない言葉だった。
薫の手を離して、 慌てて身を引く。


「拙者、少し外の空気を吸ってくるでござる」


顔を隠すようにして それだけ言うと
剣心は薫に背中を向けそのまま逃げるように部屋を出た。

とりあえず、一歩でもはやくここから出なければいけなかった。
それ以外、何も考えられなかった。

だから剣心は思いもつかなかった。
置き去りにされた薫が、どんな顔で剣心の背中を見送っていたのかを。






→6



何があったんだい剣さん。




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