「・・・・・・・・・・・はぁ。」


剣心は薫に言った通り外の空気を吸っていた。
気持ちを落ち着かせるように辺りをうろうろして、辿り着いたのは庭園のような場所だった。
廊下に沿って広がるそれは大きいわけではないが、手入れの行き届いた美しい庭園だ。
空を見上げれば静かに輝く星。
耳を澄ませば波の音が聞こえてきそうな、そんな開放的な空間である。

池の前に置いてあった簡易な腰掛に腰を下ろし、 膝に肘を立て
鼻の辺りに拳を当てるようにして、剣心は難しそうな顔でじっと一点を見つめていた。
もう片方の手にはあのお猪口が今だしっかりと握られている。
無意識に持ち出してきてしまったようだ。


「・・・情けない・・・」


この旅始まって以来一番の、大きなため息だった。
そっと鼻から手を離す。
その手には小さく折りたたまれた手拭いが握り締められていた。
真っ白な手拭いに、一つ二つ小さな紅い斑点が付いている。


「・・・・ありえないだろ・・・」


風呂に長く浸かり過ぎてのぼせた影響か。
それとも興奮し過ぎたせいか。
考えたくないが、後者だと認めざるを得ないだろう。

鼻の奥からこみ上げてくる何かに剣心は瞬時に危険を察知した。
慌てて部屋を飛び出し鼻を覆っていた手元を見てみれば
案の定滴り落ちる、赤い鮮血。
後一歩遅かったら、それこそ薫の前で一生の恥を曝すところだった。


本当に、ありえない。


見たくないとでもいうように、剣心は血で汚れた手拭いを懐に閉まい込んだ。
せっかくいい雰囲気だったのにまさかそれを自分の手で壊してしまうなんて。
薫の艶やかな顔が糸を引くように剣心の脳裏に焼きついて残っている。

あの時、薫は完全に女に色を染めていた。
嬉しそうに微笑む笑顔や 恥ずかしそうに顔を赤らめる表情、
大人ぶろうと背伸びする姿には いつもどこか隠し切れない幼さを感じられた。

しかし先程の薫は 穢れの知らない真っ直ぐな瞳で見つめてくるくせに
はっきりと剣心を誘っていた。

酒の勢いだったのかもしれないけど
はたまたいつもと同じ自分勝手な勘違いに過ぎなかったのかもしれないけど
剣心を刺激するには十分なものだった。

だからといって、鼻血が出るのを押さえられなくて部屋を飛びだすなんて。


―思春期真っ盛りの少年より重症だな。
そんな左之助の声が聞こえてきそうだった。


「はぁ・・・情けな過ぎる・・・」
「どうかされましたか?」


突然聞こえてきた声に、剣心の肩が驚きで跳ねた。
闇の中に溶け込むように女が立っている。
目を凝らしてそれが誰かを認識すると、剣心は安心したように力を抜いた。


「女将でござったか・・・」


こんなにすぐ近くにいたのに気づかなかったなんて、
かつては風と一体化しているなどと謳われた幕末最強の人斬りも
好きな女のことになると何も見えなくなるらしい。
全く、いい時代になったものだ。


「眠れないのですか?」


女将は音もなく廊下を歩き、庭園に置かれた明かりで顔が見えるくらいにまで近づくと
そこで足を止めた。


「いや、ちょっと夜風に当たりに来たのでござるよ。
見事な庭園でござるな」
「恐れ入ります・・・」


女将はもの静かに、じっと剣心を見つめてきた。


「・・・・?何か・・・?」
「何か身体が温まるものでも出しましょうか?
・・・・マムシ酒とか。」
「いや、けっこうでござ・・・って、マ、マムシ!?」
「必要になったらいつでも言ってくださいね・・・」


剣心の反応に満足そうに笑みを浮かべると
女将は囁くようにそう言って
再び音もなく廊下を歩き奥へと消えていった。


「・・・・・・・。」


親切で人当たりのいい女将なのに
どこか妖しい空気を感じるのは気のせいだろうか。


(・・・・ん・・・?)


やっぱり。
何か変だと思ったのだ。
女将に気づかなかったのは気が動転していたからではない。
女将が、気配を消していたのだ。


「・・・・・何者でござろうか」


余計な詮索はしない方が良さそうだ。
小さく身震いをして、剣心は頭を振った。


さぁ、いい加減部屋に戻らなければ薫が心配する。
いきなり飛び出してさぞ驚いたに違いない。
次はもう、こんな格好悪いことになってたまるか。


「・・・・あ。」


いや待てよ。
よくよく考えてみると、あの状況で部屋を出ていったら
彼女を拒否したことになるのではないか?
自分のことでいっぱいいっぱいだったが、置き去りにされた薫のことを考えると・・・


「・・・・・・。」


剣心の表情がさっと焦りの色に変わった。
まずい。
はやく戻らなくては。
彼女を傷つけてしまったかもしれない。

剣心は慌てて立ち上がった。
そのまま行こうとして一度足を止め、最後に鼻に血の跡が残っていないか確かめた。
あぁ、やっぱり情けな過ぎる。
本当に、とことん気の回らない自分を剣心はほとほと嫌になっていた。

それでももう止まらない。止められない。
薫をこの手でしっかりと抱きしめるまで、今夜は眠れそうにないのだから。


いつもは絶対足音を立てない剣心が
盛大に廊下を軋ませて早足で部屋へと向かっていった。


腰掛には剣心が持ち出したお猪口が忘れ去られたように転がっていた。





→7








なぁんだそりゃぁあああ!!!って思った方、多いはず。

乙女奮闘記で奇怪な行動を起こした剣心の真相がついにここに。

って、鼻血の処理しに行ってたのかよ!!!

血液が込み上げてくるこの感じ(5話参照)・・・って、つまりは鼻血が出そうだったってことかよ!!!

もうとことん妄想へたれな純情野郎にしてやろうか思って。てへ

今までの過酷な人生で血はいくらでも流してただろうけど、

おなごに萌えて流血したことは初めてだったんでしょうな。

その一生懸命さが好きさ!一生懸命鼻血出してくれ!!(なんか違う)

次回からも少し真面目に黒く頑張ります。ハイ。

女将さんへ。ごめん。どーーーしても出したかったの。マムシ酒(笑)






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