真っ暗な室内。
綺麗に片付けられた卓台。
静まり返った空間。
寝室への襖を開けた途端、剣心はがっくりと肩を落とした。

さっきまでは「そこまでするか」という程ぴったりとくっいて並んでいた二組の蒲団が
今は「これでもか」という程離されて敷かれている。
その片方がなだらかな山になって膨らんでいた。

「どこに行ってたのよ!」と一括怒鳴られるのを覚悟していたのだが
部屋に戻ってみればこの様、当の本人はひと足先に夢の中だった。
蒲団をひっぺ剥がして叫んでやろうかと思った。
最後の最後で、こんな仕打ち。
やるせない気持ちを抱えながら、剣心はとりあえず空いた方の蒲団へと潜り込んだ。


視線の先には、薫の背中。
恨めしそうに見つめても、その背中が動く様子はなかった。
酔いが回ってそのまま潰れてしまったのだろうか。
しかし、このあからさまに空けられた蒲団の距離からして
怒らせてしまったと考える方が正しかった。


どちらにしても、あんな事の後でこんなにも簡単に眠ってしまえる薫が剣心には理解できなかった。
急いで戻ってきた自分が馬鹿みたいではないか。
ようやく一歩近づけると思ったのに、その一歩を押し戻されてしまったような気分だった。
いや、押し戻したのは自分か?
部屋を飛び出した理由が「鼻血が出そうだったから」なんて言ったら
彼女はどんな顔をするのだろう。


しんとした室内に、物音一つしなかった。
しかし、剣心の頭の中ではうるさい程いろんな思考が飛び交っている。
外にいたからか身体が冷え切っていて、 なかなか蒲団が温まらない。
眠気は一向にやってこなかった。
目を閉じる気にもなれない。
ただただ、募らせていた想いをぶつけるように薫の背中を見つめていた。


これで終わりなのか?
このまま寝て、朝を迎えるのか?
そうしていつものように何事もなかったかのように挨拶を交わして
何事もなかったかのように家へと帰る。

手を繋いだぬくもりに愛しさを覚えたことを
抱きしめたいと、触れたいと強く願ったことを伝えぬまま
またいつもの笑顔でごまかしながら、微妙なすれ違いを積み重ねていくのだろうか。


それだけは、もう嫌だった。
そうなるくらいなら、最後にもう一回くらい情けないを思いをする方が断然マシだ。
薄っぺらい笑顔では隠しきれない程に膨らんだ想いがある。

それくらい俺は、君を・・・









       ねぇ、寝ちゃった・・・?」


か細い声が、長くて短い沈黙を破った。
思わず剣心の息が止まる。

それもそのはずだ。
たった今、剣心も全く同じ問いかけを薫に投げかけようと
口を開きかけたところだったのだから。
相変わらず薫は背中を向けたままだ。


寝ちゃった?
それはこっちの台詞だ。
―寝て、いなかった?





      あぁ、起きてるでござるよ・・・」


少し間を空けて、剣心は低い声で言った。


      正直に言うと、気になって眠れない」


何も考えず、ただ頭に浮かんだ言葉を素直に告げた。

そう、眠れるわけない
眠れるわけないじゃないか

気になって
気になって
仕方ないのだから



「・・・・・・・・・・・そっちに行ってもいいでござるか・・・・?」


一歩踏み入ろうとしたら、先に彼女が歩み寄ってきた。
だから今度は、自分からその一歩に近づきたい。

剣心は薫の返事を待たずに身体を動かした。
はやる気持ちを抑えながら蒲団から出ると
剣心はゆっくりと薫の背中へ近づいていき、 ためらうことなくその蒲団をめくった。
そしてその背中に身体をくっつけるようにして中へ滑り込んだ。


あたたかい



「薫殿」


薫の身体がぴくりと痙攣するように震えた。
両手を胸の前で握り締めるようにしてぎゅっと身体を縮込ませている。
名前を呼んでも振り向いて顔を見せてくれる様子はなかった。
そんな薫の反応を見て、剣心は自分の緊張が少しずつ溶けていくのを感じた。


「心臓の音がここまで聞こえてくるでござるよ」


きっと、自分のも彼女に聞こえているのだろう。
心臓が煩いくらいどきどきと鳴り響いていた。


「な、何がおかしいのよ」
「いや・・・」


しかし剣心よりももっと余裕のない薫は 強気を装って反抗するのに必死ならしく
それには気づいていないようだった。
その動揺っぷりが可愛らしくて、おかしな笑いがこみ上げてきそうだった。
不思議だ。
薫に触れた途端、いっぱいいぱいだった心が落ち着きを取り戻し始めた。
顔を埋めたい衝動を押さえながら、剣心は薫の首筋辺りに唇を寄せてそっと囁いた。


「誘ってきたわりには動揺してるなって」
「さ!誘ってなんかっ・・」
「違うのでござるか?」


あれが無意識だったのなら、ある意味許しがたいことだと思う。
そんなしぐさや態度を、彼女は知らないうちに
自分以外の男にも振りまいているということなのだから。

剣心は後ろから薫の肩を掴むと薫を仰向けにさせ
その上に覆いかぶさるように身体を動かした。
薫の両手を蒲団に押し付け、しっかりとその目を見つめた。
こんな風に薫を上から見下ろすのは初めてだった。


「け、剣心・・・?」


暗闇でもわかる。
薫の表情が、驚きと不安の色に染まっていた。
その様子がひどく綺麗で剣心は目が離せなかった。
こうやって触れるまでにどれくらい悩んでは情けない思いをしてきたか、 彼女は知らないのだろう。
彼女の考えてることがわからなかった、自分と同じように。


「・・・それならやはり拙者の勘違いでござったか・・・」
「え・・?」
「しかし、そう思わせたのは薫殿でござるからな」


もしかしたら本当に最初から最後まで自分の勝手な思い込みだったのかもしれない。
彼女の態度も言動も、気持ちをかき乱されるだけで
本当は何を思い、何を考えているのか全く理解できずにいた。


けれど、一つだけわかったことがある。


剣心はゆっくりと薫に顔を近づけていった。
途端薫の肩に力が入る。
掴んだ薫の腕が硬直していた。
それでも拒むことなく、その潤んだ瞳はじっと剣心を見つめていた。


一つだけわかったこと。
きっと、彼女も今自分と同じことを考えている。
自分と同じことを望んでいる。
それだけは、確かだと思った。
その証拠に、剣心の髪が薫の白い肌に落ちたのを合図に薫がきつく目を閉じた。
それを確認して、剣心もそっと瞼を伏せた。


身体と身体が
唇と唇が触れ合って

このまま、離したくないと思った。





→8








ようやくここまできた。

余裕そうに見えて剣心も薫殿と同じようにどっきどっきだったということです。

あと少し薫殿が声かけるのが遅かったら、剣さんがへたれを脱出して先に動き出してたのにねー。

タイミングの取り方もやっぱりへたれということか。

次回ようやく奮闘記で語られなかったあの夜の出来事が明らかになるようです(笑)




おまけとか。 
―これぞほんとのへたれ。―



* * *



剣心は後ろから薫の肩を掴むと薫を仰向けにさせ
その上に覆いかぶさるように身体を動かした。
薫の両手を蒲団に押し付け、しっかりとその目を見つめた。
こんな風に薫を上から見下ろすのは初めてだった。


「「         。」」


    剣心・・・、今なんか鼻にぽたって落ちたんだけど・・・」
「・・・・・・・・。」


翌朝、薫の鼻の頭の上には赤いが血が付いていたとか。



* * *


って展開も、ありえなくないよね。
薫殿を組み敷いて、それだけでどっきどきなはずだもん。
すみませんでした(土下座)






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