二人が訪れた宿は最近改装されたらしく
清潔でどこか小洒落た、それでいて落ち着いた雰囲気を持った所だった。
気さくな女将に部屋を案内され、ひとまず二人は温泉に入ることにした。


「・・・混浴もありますよ?」


ぽそっと女将にそう言われておおいに動揺した薫はさっさと
女湯の方へ向かったわけだが・・・


「あ〜〜〜〜・・・きもちい〜〜〜〜〜〜」


大きな温泉に薫一人。
歩き回ってくたびれた足を思い切り伸ばした。
ずっと取りたかった白粉と紅も洗い流して気持ちが良い。


なんだかすごく疲れてしまった。
慣れない地に、慣れない化粧。
格好ばかり気にして、剣心のことばかり気になって
ここまで歩いて来た風景や道をあまり覚えていない。


あれから、剣心はずっと手を繋いでいてくれた。
知らない地をこうやって二人で歩いて、気分は本当の恋人同士のようだった。
明日は町を回って、さらに海岸の辺りにも行ってみようとも話しした。


明日も、さっきのように手を繋いでほしい。
それとも次は、自分から頑張ってみようか。


すごく疲れたけど、来てよかった。
あとはおいしい夕食をいただいて、柔らかい蒲団で寝れれば・・・



「あ。」



温泉で温まり柔らかくなった脳がようやく肝心なことを思い出させた。



ちょっと待って。
もしかしてわたしたち、一緒の部屋で寝るの・・・?








「う、嘘・・・」


思っていた以上の光景に薫は思わず絶句した。



「ごゆっくり」


夕食の支度をしてくれていたのか、部屋から出てきた女将が
入れ違い際に意味深な笑いを含めて薫にそう囁いた。
あんなに美人なのに、左之助や弥彦と同じ類か。
薫は思わずそう思った。


部屋に入ると豪華な料理が並べられていた。
剣心はまだ戻ってきていないようだ。
普段は神速で風呂を済ませてしまうのに、久々の温泉を楽しんでいるのだろうか。


とにかく問題は、目の前に敷かれた二枚の蒲団だった。
隙間なく、きっちりと隣合わせに敷かれている。


や、やっぱり今日はこうやって寝るのかしら??


一緒の部屋で寝るのは初めてではない。
京都に墓参りに行った時もこんな風に蒲団を並べて一つの部屋で寝たが
あの時とはまた状況が違う気もする。
少しだけ離そうか、いやいやそんなことをしてもあまり意味がないような・・


「薫殿?」


そんなことを考えているうちに剣心が戻ってきてしまった。
薫は慌てて寝室を閉めた。


「お、おかえりなさい。」
「おぉ、豪華でござるな〜」


剣心は濡れた髪を手拭いで乾かしながら馳走の前に腰を降ろした。
浴衣を身につけた剣心はいつもと少し雰囲気が違って見える。


「薫殿、乾杯しよう」


呆然と立ったままの薫に剣心が酒の入った徳利を揺らして言った。


「あ、うん・・」


薫が剣心に向かい合うように座ると剣心はお猪口に酒を注いだ。


「剣心、わたしも入れるわ」


二つのお猪口を酒で満たすと、二人は「乾杯。」と言って
同時にそれを口に含んだ。


少しずつ、少しずつ。
またいつだったかみたいに酔ってしまわないように。


そう頭の中で唱えながら薫は喉が酒で熱くなるのを感じた。






「薫殿?」


剣心に声をかけられて薫ははっと目を見開いた。


「大丈夫でござるか?酔った?」


口数が減ってきたのを不審に思ったのだろう。
手の中には空になったお猪口。
夕食を平らげて、ゆったりとした時間を他愛無い会話で過ごして。
確かに少しだけ、いいかんじに酔ったかもしれない。
そんなに飲んだわけではないのだけど。


温泉で汗と疲れを流して
おいしいご馳走を食べて
おいしいお酒を飲んで
知らない地で心も身体も解放的になって
なんだかちょっといい気分。


ちょっと、大胆になれる気もした。


「疲れているでござろう。
明日もはやいから今日ははやく寝て・・」


そう言いながら剣心が寝室の襖を開けた。
言葉が、途切れた。
ぴったりとくっついて並んだ二組の蒲団を凝視しながら剣心が固まっている。


「え、えぇと、その・・拙者はこっちで寝るでござるから・・」


焦った声色。
ようやく見れた剣心の動揺っぷりに薫はなぜか優越感を感じた。


そうよ、わたしばっかりそわそわしてたんじゃ悔しいじゃない。


薫はお猪口を手にしたまま立ち上がると剣心の後ろから蒲団を覗きこんだ。
少しだけ足がふらふらする。


「別にいいわよ。
せっかく女将さんが敷いてくれたんだし、このまま寝ましょ。」
「し、しかし・・わっ」
「きゃっ?」


後ろに立っていたのに気づかなかったのか、振り向いた剣心が驚いたように声を上げた。
その声に驚いて薫の手からお猪口が滑り落ちる。
剣心と薫はそれを掴もうと体を動かした。


「あ・・・。」


二人同時にお猪口を掴み、手と手が触れ合った。
その拍子に顔と顔も近づいて。
これまでにないくらい、近づいて。



ふ れ る



薫は、そう思った。
そう、期待した。



それなのに



「す、すまない」


剣心は慌てて体勢を戻すと薫から離れてしまった。
剣心の手もお猪口と一緒に薫の手から離れていく。


「拙者、少し外の空気を吸ってくるでござる」


そう言うと剣心はお猪口を持ったまま
そそくさと逃げるように部屋を出て行ってしまった。



「・・・・・・・・・・・・・。」


残された薫はその場に立ちすくんだまま動けずにいた。
いろんな思考が頭を巡る。


ちょっと待って。
なによそれ。
すまないって、何が?
外の空気を吸ってくるって、そんなの後でいいじゃない。


今だと思ったのに。
目も閉じかけたのに。
今しなかったら、一体いつしてくれるっていうの?


せっかく
せっかく
せっかく


「しんっじらんない!!!」




宿中に、薫の声が響いた。







 →6





剣心視点も書いてみたいような。。。

あともうちょっとだけお付き合いください。
















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