静かに開かれた襖の音に薫は敏感に反応した。
剣心が戻ってきたらしい。
薫はきつく目を閉じて、そのままぴくりとも動かなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


暫くの間、なんの音もしなかった。
止めかけた息をゆっくりと吐きながら薫は耳を済ませる。
少しして襖が閉じられ、剣心が空いた蒲団に入り込んだのがわかった。
そのまま横になったのか、あとはもう何も聞こえてこない。


あまりにあっけなくて
薫は心の中で深いため息をついた。


背を向けて寝たフリをしている自分も自分だけど。
嫌がらせのように明かりを消して
あからさまに蒲団を離して
自分でも嫌になるくらい素直じゃないけど


ひと言。
待ってたのに。
何か言ってくれるかもしれないと。
あんなことの後で自分がぐっすり寝付けるとでも
彼は思っているのだろうか?


一生懸命剣心の寝息を探る自分がつくづく情けなくなる。

化粧を落として
綺麗な着物を脱いで
お酒の抜けた自分は

結局こうやって寝たフリをすることしかできないのだ。
なんだかもう、全てがからまわりしているように感じられた。


こんなに楽しみにしていたのはわたしだけ?
こんなにどきどきしていたのはわたしだけ?
こんなに期待していたのはわたしだけ?


好きで好きでしょうがなくて
触れたくて触れてほしくて
そう思うのは、わたしだけ?


こんな気持ちのまま、明日きちんと笑っておはようと言えるだろうか。
残りの旅行を一緒に楽しく過ごせるだろうか。



・・・たぶん、できない。



それなら、この際だからもう少し惨めになってやろう。
それでさらに潰されて、とことん落ち込めばいい。
不機嫌になって、困らせてやればいい。
でもその前に、この旅最後の、勇気。











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、寝てる・・・?」



起きててほしい
起きててほしくない
そんな気持ちでそっと囁いた。



      



変わらぬ、静寂。




あぁもう、本当に信じられない。
こんな状況の中でこの人はもうすっかり夢のな・・・







      あぁ」





短く、だけどはっきりと聞こえた。



「―起きてるでござるよ・・・」



自分で声をかけておいて、薫は驚きを隠せなかった。







    正直に言うと、気になって眠れない」





薫の胸がどくりと激しい音を立てて波打った。


眠れない
気になって







    わたしも・・・」


頭で考えるより先に声が出ていた。


眠れるわけないじゃない
気になって
気になって
しょうがないんだから


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」





再び静寂が訪れた。







「・・・・・・・・・・・・・・・・そっちに行ってもいいでござるか・・・・?」



次の剣心の言葉を待っていた薫は思わず耳を疑った。
剣心が起き上がったのを感じて、薫は返事をする瞬間を逃してしまった。



くる?
こっちに、くる?


気配が、近づいてきた。
薫は無意識に身を縮めた。



「ぁ・・・」


布団がめくれて
背中に、暖かい温度。


薫は動悸の波に襲われていた。
心臓の音がうるさ過ぎて何も考えられない。




ちょ、ちょ、ちょっと待って。
確かに、期待はしてた。
接吻の一つくらい、多いに期待してた。
一歩進みたいとも思ってた。
もっともっと近づきたいって。



だけどだけど
これはちょっと、進みすぎじゃない・・・・・!!?



「っ・・」


後ろから剣心の腕に身体を包まれて薫は声にならない悲鳴を上げた。
胸の前でかちんこちんに固まっている両手がぴくりとも動かない。


「薫殿」


剣心の声がこれでもないかという程近くで聞こえる。


「心臓の音がここまで聞こえてくるでござるよ」


この状況にはそぐわない、笑いを含んだ声色に薫が精一杯の抵抗を示した。


「な、何がおかしいのよ」
「いや、」


剣心が口を開く度首筋の辺りがくすぐったい。


「誘ってきたわりには動揺してるなって」
「さ!誘ってなんかっ・・」
「違うのでござるか?」


呑気な口調のまま剣心が体勢を変えて
薫を見下ろすように覆いかぶさってきた。


「け、剣心・・・?」


胸の前で縮まっていた手を剣心の手が
ゆっくりと布団に押し付ける。
剣心の垂れ下がった髪が薫の頬や首筋を撫でるように揺れた。


今までにないくらい、近い距離。
さっきよりももっともっと、近い距離。


暗闇に見える剣心の表情は完全には読み取れなかった。
だけど分かる。
視線と視線が、絡みつくように混ざり合って
痛い程、見つめ合って―





「・・・それならやはり拙者の勘違いでござったか・・」
「え・・?」
「しかし、そう思わせたのは薫殿でござるからな」



いつの間にか剣心の顔が吐息を感じる程に近づいていることに気づいた。
指と指の間に、剣心のそれが絡められる。




とりあえず、一生懸命息を止めた。
目も、一生懸命閉じた。



この瞬間を、ずっと夢みていたから






 →7




「正直に言うと、気になって眠れない」

これを言わせたくて二人を温泉に行かせたのです(あほー)

















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